2017年に入社し、プランナーとしての道を歩み始めた廣田 晃平。企業ミュージアムや国際的な博覧会など、多角的な視点が求められる現場でプランナーとして数々のプロジェクトを支えてきました。調整の先に見出した、来館者の心を動かす空間づくりの本質と、次なるステージへの決意を語ります。
テクノロジーの裏にある、情熱と挑戦のDNAに感動を
クリエイティブ本部 プランニングプロデュースセンターに所属する廣田は、現在、ルームチーフとしてプロジェクト推進を担っています。手がけるプロジェクトの一つに、国内大手テクノロジー企業の拠点内に新設されるミュージアムの基本計画があります。
廣田「単に最新技術を展示するだけでなく、働く人や子どもたちが技術に触れることで、自らの内にある『創造性と探究心』が刺激される場をめざしています。
情熱と挑戦のDNAに触れ、自分も社会のために何かできないか、と考えられるきっかけの場にしたい。技術の裏側にある開発者の決断や挑戦といった『人の想い』を丁寧に掘り起こし、専門知識を問わず誰もが共感できるよう展示・体験に再編集する 。そしてそれらを空間として『カタチ』にすることで、来館者の心に深く刺さる場を創り出そうとしています」
この過程で廣田がもっとも気をつけているのは、お客さまと対話の「歩幅」を合わせること。
廣田「専門用語を使うのではなく、お客さまにわかりやすい言葉を選び、企画がどの段階にあり、何が積み上がっているのかという『進んでいる感』の共有を徹底。毎回前回のミーティングの振り返りから丁寧に入り、物事を細分化して進捗を可視化するようにしています」
また、並行して進めている医療従事者のための研修施設リニューアルでは、高度な専門性が求められます。施設にとって必要な機能の整理にとどまらず、企業の歴史展示から在宅医療のレクチャー機能まで、幅広い機能設計を求められています。
廣田「お客さまのご要望を紐解き、単なる医療トレーニングのためではなく、患者さんの安全と医療の進歩に貢献することを目的とした施設なので、多様なステークホルダーとの価値あるコミュニケーションや、新たなビジネスチャンスを生み出す場にしたいと考えています。そのために、慣れない医学用語や業界の文脈の理解を目指し、膨大な資料を読み解く日々を送っています」
「アジア料理を嫌いな人に食べさせるには?」入社試験の問題から感じた仕事の面白さ

大学時代、メディア社会学を専攻し、広告研究会でコンペに情熱を注いでいた廣田は当初、広告代理店を志望していました。しかし、採用面接の席で面接官から「時間をかけて熟考するタイプであり、瞬発力が求められる広告業界のパーソナリティとは少し異なるのではないか」という本質的な指摘を受けます。
廣田「正直、うすうす自分でも感じていたところはありました。ですから自分のパーソナリティがその業界にははまらないという言葉を、そのとき素直に受け止めましたね」
その後、友人から「考え方が似ている人が多いのではないか」と教えられたのが、乃村工藝社をはじめとするディスプレイ業界でした。
廣田「乃村工藝社に足を運んだら、そこで登壇していた先輩プランナーの語り口に一瞬で惹きつけられました。その方自身の人間性が面白かったし、お客さまを心から好きになりながら仕事をしているという姿勢に、他社ではあまり見られない魅力を感じたんです」
乃村工藝社の入社試験もまた、廣田の知的好奇心を刺激するものでした。
廣田「『アジア料理を嫌いな人に一口食べさせるには?』と出された問題がユニークでした。その時の私の回答は、単に味を説得するのではなく、相手が普段好んでいるものとの共通項から紐解くロジックを提示しました。その回答に対する鋭い突っ込みや、限られた時間内での企画プレゼンを通じて、『これが毎日行う仕事なんだろうな』と、実業務の楽しさと厳しさを肌で感じ、入社を決めました」
2017年に入社し、企業ミュージアムを担当する部署に配属された廣田は、すぐに現実の壁に直面します。
廣田「企画や言葉を考えるだけでなく、グラフィック、映像、空間のあり方まで多角的に物事を捉え、カタチにしていかなければなりません。最初は会話についていくだけでも大変でした。まずは全体像を把握し、お客さまが伝えたいと思っていることと来館者の心に響くポイントを見逃さないよう努めました。そうやって入社以来、がむしゃらに取り組んできました」
体験のあとに生まれた真剣な問い、子どもたちの姿に感じたこの仕事の価値

▲2025年日本国際博覧会 パナソニックグループパビリオン「ノモの国」
廣田にとって大きなターニングポイントとなったのが、2025年日本国際博覧会 パナソニックグループパビリオン「ノモの国」プロジェクトでした。このパビリオンは、体験を通じて子どもたちの可能性を引き出すことをコンセプトにしており、廣田は体験コンテンツの具体化やスケジュール管理、さらには外部クリエイターとの窓口を担うハブ的なポジションとして奔走することになります。
この巨大プロジェクトにおいて、廣田は「嫌われてもいいから必要な物事をはっきりと言う」という、あえて厳しい役割を自らに課しました。開催日が決まっているなかで、スケジュールは常にタイトでした。
廣田「たとえお客さまや関係者からの要望であっても、それが空間としての面白さを損なうものであったり来館者のためにならないもであると判断した際には、実現性の観点から毅然と『それは難しい』と断る勇気を持っていました。企画のクオリティを担保し続けることが、自分に求められた役割だと思っていましたね」
これは、外部の優秀なクリエイターたちが持つ知見を最大限に活かし、最高のカタチでアウトプットを出すための「防波堤」としての行動でもありました。
廣田「クリエイターに対しては、相手を深く理解して接し方を変えながら、同時にお客さまが譲れない本質的な想いを『忍ばせて』交渉する。プロジェクトに関わるすべての人たちが気持ちよく機能するための土壌を整えることに、力を注ぎました」
6カ月間にわたる開催期間中、現場での様子を見た廣田の心には、ある光景が深く刻まれました。運営の工夫により新設された「子ども専用枠」で、展示を真剣に見つめ、瑞々しい感性で何かを考えている子どもたちの姿です。
廣田「子どもが体験したことを先生に『僕はこう考えるんだけど先生はどう思う?』と真剣に問いかけている瞬間を目にしました。大人の想像を超えるほど子どもたちは真剣に向き合ってくれた。やっていてよかった、意味があったんだと、実感しましたね」
誰かに想いが届く瞬間をつくりたい。後輩と共有したい空間づくりの感動

2025年にルームチーフへと昇格した廣田の胸には、社内の先輩から受けた「大きな構想を売れるようにならなければ、プランナーとして先がなくなる」という言葉が心に深く突き刺さっています。
廣田「これまでは自ら手を動かし、現場の最前線を支えるスタイルを貫いてきましたが、今後はより高い視座を持ち、プロジェクトの魅力的な『枠組み(フレーム)』そのものを提案できる人間になりたい。そうすれば、お客さまも大きな期待感を持ってプロジェクトに接してくれるでしょう。また、自分自身がすべてを動かさなくても、後輩がその枠の中で存分に活躍できるようになる。そういう大きな構想をたくさん作れるようになりたいですね」
廣田がめざす「プランナーからクリエイティブプロデューサー」への進化は、一人で完結するものではありません。
廣田「自分一人の想像力には限界があります。だからこそ、自分だけでは辿り着けない高みへプロジェクトを導いてくれる、各分野のスペシャリストを惹きつけ、信頼を築くことを大切にしています。私の仕事は、デザイナーたちが『廣田が整えてくれた土台の上なら、迷わず最高の表現に集中できる』と確信し、のびのびと才能を発揮してもらうこと。そのために、プロジェクトの目的や複雑な条件を誰よりも整理し、進むべき道をクリアにしていく技術を、さらに磨き続けています」
乃村工藝社という会社について、廣田は「仕事に対してどこまでも真摯に向き合う人が多い場所」だと語ります。
廣田「デザインやコミュニケーションに対する純粋な好奇心を絶やさず、常に『世の中をより良くするために何ができるか』を問い続ける姿が、何よりの刺激になっています」
廣田は今後、一緒に働く後輩たちにこんな願いを持っています。
廣田「博覧会で目にした、子どもが先生に問いかける光景。それは空間づくりによってお客さまやプランナーの想いが来館者に届いた瞬間でした。その光景を一緒に見ることができれば。自分の発した言葉が、デザイナーの手によって美しく表現され、それが来館者に届く。その感動を後輩たちにも感じてもらえたら嬉しいです」
誰かに想いが届く瞬間を目指して、廣田は今日も、まだ見ぬ空間の可能性をカタチにするための大きな構想を練り続けています。
※ 記載内容は2026年2月時点のものです
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