青野 恵太(あおの けいた)
スイスのチューリッヒで生まれ幼少期を過ごした経験をいかし、西洋と東洋のエッセンスを融合させたデザインは、国内外でも高く評価され香港をはじめ国内外のアワードを受賞。 「本質的なものとはなにか?」ということを日々、自問自答しながら、「モノゴトの始まりから終わりまでを大切にした空間」に取り組んでいる。
クリエイティブチーム“no.10”の部長を務める青野 恵太。no.10のほぼすべてのプロジェクトのディレクションを手がけ、既成概念にとらわれない空間デザインを追求してきました。近年は、ソーシャルグッドや、空間の未来を創造・研究するプロジェクトにも取り組む青野。これまでの足跡、信念を語ります。
2020年にクリエイティブチーム“no.10”を立ち上げ、その部長を務める青野。インテリアを中心に国内外のプロジェクトを数多く手がけています。
青野 「no.10は空間デザインをメインとしたクリエイティブチームです。メンバーは30代を中心に、外国人を含む約25人のメンバーが在籍。商業的な物件を中心に、空間にまつわるあらゆるものを担当しています。2023年3月現在進行中のプロジェクトは海外と国内がそれぞれ半分程度で、グローバルに活動をしている点が当チームの特徴的なところです。
建築から空間を創出できるところがわれわれの強み。近年は建物のデザインに始まり、そのインテリアであったり、そこで実施されるイベントであったりをデザインするケースも増えてきています」
部長職としての役割を果たしながら、チーフデザイナーとして同チームのほぼすべてのプロジェクトのディレクションを手掛ける青野。
青野 「たとえば、海外でも展開しているコーヒーブランド『% Arabica』のプロジェクトでは、常に20件くらいが同時に動いています。各デザイナーがそれぞれの案件を担当していますが、戦略会議に参加してデザインの方向性や進捗状況を確認するなど、クオリティを管理することがチーフデザイナーでありディレクターである私の役割です」
社会に幸せなインパクトをもたらし、社会的な課題の解決に貢献しようという“ソーシャルグッド”の取り組みを、グループ全社で推進している乃村工藝社。no.10自体がそれを体現するような存在でありたいと青野は言います。
青野 「当チームが大切にしているのは、“モノゴトのはじまりからおわりまでを考え、その重心がどこにあるのかを模索する”こと。何かを生み出して終わりでなく、それを活かしていくことも大事なことだと考えています。
たとえば、船が右に傾けば、バランスを保つためには左の方へ移動しなくてはなりません。そうした行動を、デザインを通して真っ先にやっていきたいというのがわれわれの基本的な行動指針です。一見すると、うまくバランスと取るという行為だけに見えますが、実は真っ先に違う行動を取るということなんです。コアにあるのは将来的な社会の均衡を見ていきたいという思想。それをデザインに置き換えていくことが、社会貢献にもつながると思っています」
no.10のプロジェクトの中でも、とくに“ソーシャルグッド”の取り組みとして位置づけられるもののひとつが、マグロ漁船『第一昭福丸』の内外装デザイン(2020)です。
青野 「船内の環境改善が食の安全につながるのではないかという発想に基づいて、漁船のデザインを担当しました。重労働を伴う洋上生活を、約10カ月にわたって強いられるマグロ漁船の乗組員の心身ストレスは大きく、若手の離職率は5割を超えるとも言われます。彼らが少しでも快適に過ごせるようにと、スマートフォンやテレビ画面など、陸上での生活を想起させるような直線を多く内装に取り入れました」
また、カジュアルファッションブランドであるユニクロの旗艦店、UNIQLO TOKYOの期間限定のインスタレーション展示「LifeWear SPRING」(2021)を担当。マテリアルとしてワインのコルク栓を原料とした再生コルクを使用するなど、自然との共生を考え、地球に負荷をかけないブランドの理念を空間作りに落とし込んでいます。
▲内外装を手がけた、マグロ漁船「第一昭福丸」
芸術系の大学で建築を専攻する中で、建築界の常識に違和感を覚えていたという青野。既成概念を覆す環境を求め、乃村工藝社に入社しました。
青野 「学生時代、建築と内装が連動してこそ良い空間ができると考えていました。ところが、建築家が箱を作り、インテリアの専門家が内装を担当するという具合に、当時は建築と内装とが明確に分断されていたんです。そこで、インテリア側から変えていきたいという想いから、内部をメインに建築から空間を創出する取り組みができそうな環境を探していて、乃村工藝社と出会いました」
1999年の入社以来、商業施設を中心にさまざまなプロジェクトを担当し、成功へと導いてきた青野。2013年、15年目という当時では類を見ない速さで自身のチーム、“青野ルーム”を発足させます。
その翌年には、“nendo”の佐藤 オオキ氏と個別プロジェクトにおいて協業を開始。2016年にはnendoと乃村工藝社との業務提携によって、空間デザインオフィス“onndo”が発足しました。onndoでの活動が大きな転機になったと振り返ります。
青野 「青野ルームとして佐藤さんと協業していたとき、より密接な形で仕事ができないかということになり、新たにデザインオフィスを立ち上げました。われわれは空間に関するデザイン全般を担当。佐藤さんと一緒にやることで、内装だけではなくグラフィックやプロダクトから建築までという、点ではなく線や面としてデザインすることができました。世界的なクリエイターである佐藤さんと対等な立場からプロジェクトを進めたことは、その後に影響を与えています。
onndoでの活動は、仕事の領域として国内と海外の境界がなくなるきっかけにもなりました。クリエイティブの力を持ってすれば、国境に関係なく活動できることを再認識し、視野がさらに大きく広がったと思います」
どのプロジェクトにもドラマがあり、おしなべて印象的だと話す青野。中でも記憶に残っているというのが、福岡の外資系ホテル『ヒルトン福岡シーホーク』の巨大なアトリウムに、ラウンジやレストラン・チャペルをつくり上げたもの。
青野「建築を担当したのは、シーザー・ペリという著名な建築家。その中にある、飲食ゾーンやチャペルなどから成る巨大なアトリウム空間を担当しました。建物の中に建物をつくるような、まさに学生時代から構想していた、建築と内装の境界を排したようなプロジェクトといえるかもしれません。海外の方と共に案件を進めていくきっかけにもなったという点でも、意義深かったと思います」
そんな青野には、今目標にしている存在がいると言います。
青野「ロンドンを拠点に活躍するトーマス・ヘザーウィックというデザイナーのようなクリエイターになれればと。no.10が、あらゆる3次元デザインをこなせるチームになれたらと思っています」
no.10としての活動以外にも、さまざまなプロジェクトに参加している青野。そのひとつが、2022年に始まった未来創造研究所の活動です。
青野 「乃村工藝社の企業価値創出と持続的成長に向けた空間研究機能の構築・強化を目指した取り組みです。空間における未来の兆しを創造・研究することを目的に活動しています。現在は6名のメンバーが参加しています」
また、乃村工藝社のソーシャルグッドな取り組みの一環として、空間と行動・心理を科学的に実証するプロジェクトのチームリーダーも務めている青野。
青野 「乃村工藝社では、過去130年にわたり経営理念のひとつである『歓びと感動』を提供してきました。これまで当社では、実績以外の面で、歓びと感動のことを語ることがあまりできていませんでした。そこでたとえば、過去のプロジェクトの竣工写真から脳波のデータを取得し、感動の要素を抽出していくという具合にいろいろな研究をしています。これを“歓びと感動学”という名のもと、科学的に実証したり、心理的な背景を紐解いて社会に対して説明したりすることを通じて、新たな歓びと感動の提供につなげていくことをめざしています」
乃村工藝社の歴史と同じだけ、つまりこの先130年以上にわたりこの取り組みを続けてほしいと話す青野。その理由についてこう続けます。
青野 「歓びと感動を分析し説明可能な状態にするためには、継続的な実証が欠かせません。人間の五感による知覚のうち、視覚が9割近くを占めると言われていますが、たとえば、空間の中で音が人の心理にどう作用するのかという具合に、いろんな感覚が複合的に歓びや感動を沸き立たせていく過程を明らかにすることをめざしています」
2022年で入社24年目を迎える青野。デザイナーとして大切にしていることがあります。
青野 「一貫して意識してきたのは、何ものにもとらわれないこと。たとえば、国内/海外、建築/内装をはじめ、人間が作った観念上のラインが世の中にはたくさんあります。そういった既成概念から解放されたデザインをしたいという想いは、ずっと大事にしてきたと思います」
そう話す青野が、no.10としての取り組みだけでなく、未来創造研究所やソーシャルグッドの活動を通じてめざすのは、“空間の力によって人々を豊かにする”こと。次のように続けます。
青野 「音楽を聴くと笑顔になったり涙を流したりと、さまざまな感情を隆起させますが、空間にも同じように大きな力があるんです。それは決して音楽のようにわかりやすいものではありませんが、空間を通じてたくさんの人に歓びや感動をお伝えできたらと思っています。
たとえば、末期のがん患者の方がいらっしゃるとします。余命宣告を受け、最後のときを過ごす人の心を安らかにする空間とはどのようなものなのか。そういったものを考えるのが僕らデザイナーの仕事。人の感情に寄り添った空間作りを実現していきたいと思っています」
▶クリエイティブチーム no.10 オフィシャルサイト:
https://www.no-10.jp/
▶クリエイティブチーム no.10 公式Instagramアカウント:
https://www.instagram.com/no.10_official/
スイスのチューリッヒで生まれ幼少期を過ごした経験をいかし、西洋と東洋のエッセンスを融合させたデザインは、国内外でも高く評価され香港をはじめ国内外のアワードを受賞。 「本質的なものとはなにか?」ということを日々、自問自答しながら、「モノゴトの始まりから終わりまでを大切にした空間」に取り組んでいる。
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