乃村工藝社 SCENES

これまでの福祉的な視点ではなく ビジネス発想で社会を変えたいですね

  • #ソーシャルグッド
  • #ウェルビーイング
  • #サステナビリティ
2025.07.24
facebook
X
これまでの福祉的な視点ではなく ビジネス発想で社会を変えたいですね

insights─未来のカタチ
DIALOGUE

「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、障がいがある人のアートを扱う会社を双子の兄弟で立ち上げたヘラルボニー代表の松田文登さん。さまざまなコミュニケーションを生みだす空間デザインを模索してきた乃村工藝社デザイナーの山口茜。2社のコラボレーションの先に、どんな新しい価値を生み出そうとしているのか。お二人に語り合っていただきました。

こういう価値観を待っていました

山口 ヘラルボニーさんの存在は、その前身のMUKUを名乗っていらした頃から知っていましたが、具体的なお付き合いはセミナーが始まりですね。

私は2020年にかけて、大分県の障がいがある人が自立するための施設「太陽の家」で、その50年以上にわたる挑戦を伝える「太陽ミュージアム」をつくる仕事を担当したのですけれど、障がいのある人との共生やそのためのデザインについて、ものすごく多くの学びがありました。その話をするセミナーに、ヘラルボニーのスタッフの方が訪ねてきてくださったのが最初です。


松田 そこから始まって、乃村工藝社さんのイベントなどにも呼んでいただきました。その頃は、もう会社として立ち上がっていたのですが、そもそも私たち双子がヘラルボニーをつくったきっかけは、岩手県にある「るんびにい美術館」のアートを観たことでした。すごく感動して、でも、ネットで“障がい、アート”と検索をかけると、CSR(企業の社会的責任)、SDGs(持続可能な開発目標)、ソーシャルデザインといった言葉が付きまとっている。

私たち双子には、重度の知的障がいを伴う自閉症の兄がいるのですが、昔、その兄が周囲から「かわいそう」と言われたこととよく似ているんです。「障がい=欠落」と連想して、お金が必要な人たち、支援が必要な人たちといった刷り込みがあるんですね。  それで、社会のマインドチェンジのスイッチになりたいと、ヘラルボニーは、非営利のセクターではなく、株式会社というビジネスのセクターで立ち上げました。

作品を観たときの感動は、シンプルに感動してほしい。“障がい”という言葉が使われた途端に、少し違うものに変質してしまう。そこを突破する会社をつくりたいと思ったんです。  だから、会社設立の目的として、まず福祉業界の外へ届けていく。福祉業界へは、外から逆輸入されていく形をつくろうと決めていました。でも、最初は経営が本当に苦しくて、そんなときに、応援してくれて、助けてくれたのは、福祉業界の人たちや障がいがある人の親御さんたちでした。「こういう価値観を待っていました」と。そこには強い切望の想いや熱が存在していて、それに気付けたことが、苦しくても続けられる意味や意義になりましたし、広がりにもつながったと思います。

 

精神的な豊かさがラグジュアリーになる

山口 お付き合いが始まっても、最初の頃は大きな案件があるわけでもなく、乃村工藝社の社内では、同じくデザイナーの大西亮と私とで、細々と個人的な部活のようにお手伝いをしていました。居酒屋で熱く議論したりね。それが、正式に会社として関わるようになったのは、ハイアット セントリック 銀座 東京の案件が最初でした。
 

松田 そもそもは、ハイアット セントリック 銀座 東京の総支配人からご連絡をいただいたんです。ライフスタイルホテルであるハイアット セントリック 銀座 東京のデザインコンセプトにフィットするパートナーを探す中で、ヘラルボニーを見つけてくださった。

昔のように、必ずしも豪華なものがラグジュアリーなのではなくて、自分が支払ったお金がどこで役立つのかとか、そこでの体験で自分がどんな価値を得られるのかといった、精神的な豊かさがラグジュアリーになるという点で、ヘラルボニーの考え方に共感してくださったそうです。

「障がい」を「異彩」という捉え方に変える。そうすることによって意識のパーセプションチェンジを起こしたいなと思っているのですが、まさに総支配人がそう考えてくださって、嬉しかったですね。でも、ホテルの空間ですから、デザインや内装施工のノウハウが要る。山口さんたちにご相談をして、座組みに入っていただきました。 

山口 ホテルのインテリア案件ですから、これまでのように部活の手づくり仕事ではできない。社内でホテルを担当しているメンバーに声をかけました。ヘラルボニーさんの考え方を社内に広め、理解してもらういい機会だから、この案件の意味を理解して、心を込めてデザインできる人をアサインしたんです。それで、色々な提案を出させてもらいました。
 
松田 アートとインテリアとの調和をどう取るのか、仕上がりを見てさすがだなと思いました。いくつもの作品を組み合わせて空間の統一感を出しながら、作家の意図がちゃんと伝わるようにデザインされている。たぶん、作家へのリスペクトがあって、作品そのものと作家の意図に、ご自分のデザイン思想を重ね合わせてくださった。ともにつくるという意味での「共創」になっていて、めちゃくちゃ嬉しかったです。

山口 あの時に、乃村側で担当したデザイナーの吉村峰人が上手だったのは、たくさんのアートを使ったんですけれど、例えば引き出しの中にアートを配置して、お客さまに開けて喜んでいただくといった仕掛けをした。だから、アートをたくさん使っているのにバッティングしない。お客さまの行動ごとに、アートが現れて、発見の喜びがある。個々のアートを隔離しながら、全体として調和させた感じなんです。

 

「ネガ」を「ポジ」に変えていく

松田 ハイアット セントリック 銀座 東京の案件以降、乃村工藝社さんとは数多くの案件でコラボさせていただきました。2022年に阪急うめだ本店で開催した「ヘラルボニーアートコレクション」もそのひとつです。当初、百貨店さんとしては、社会的な意義のほうにウエイトがあって、売上はあまり期待されていなかったんですが、終わってみれば、売上目標を達成。原画もずいぶん売れました。海外の別荘に飾りたいからと、何枚かお買い上げになったお客さまもいらっしゃいました。おかげで翌年も開催できて、やはり売上目標を達成しました。 

山口 あれは規模が大きかったですね。全館で「HARMONY FOR THE SMILE」という催事が行われていて、ああいう大催事場の中をどう使うかがポイントでした。チャリティ的に買っていただくのではなく、いいものだから買ってもらう。しかも、会場には障がいのある人も、そうでない人も、同じように来てくださる。そこが素晴らしかったと思います。 

松田 あの時は、手話通訳ができる人が売り場に立ってくださったんです。それで、初めて接客を受けて買い物をしましたというお客さまがいらっしゃった。普段は、接客そのものをあきらめている状態なんですね。そんな人が、潜在的にとてつもない人数で存在している可能性があるんです。

最近、色々な会社とコラボする中で、ヘラルボニーの強みって何だろうと考えると、「ネガ」を「ポジ」に変えられることだなと思います。生理用品のメーカーさんとコラボしたナプキンでは、パッケージにアートを起用していただきました。それでユーザーからは、もうハンカチに隠して持ち歩かなくてもよくなった、という声が上がってきます。

また、飲料メーカーさんとコラボした水のペットボトルは、ラベルがアートになっていて、使用料が作家に還元される。水は無色透明だけれども、消費者の購買行動には色があるんです。それで、どちらもよく売れている。意識が変われば、消費行動が変わるんですね。   


 

誰もが出かけられる空間をつくりたい

山口 アートを福祉的な視点ではなくて、かっこいいから高く売れるようにしようという思想は、シンプルにかっこいいし、リスペクトしています。でも、双子のお二人と出会った頃から、いちばん私に響いていて、共感しているのは、お二人が、ヘラルボニーは障がいのある人たちが出かける時の旗印になりたい、とおっしゃったことなんですね。障がいのある人が、人の目を気にしたり、遠慮したりしないで、お出かけしやすくしたい、と。 

 少し話はそれますが、自分の子どもが生まれた時に、それまではずっと社会の中で仕事してきたのに、子どもがいると出かけるのが大変で、バスに乗るのにも嫌な思いをしたりする。社会からの疎外感が少なからずありました。2人目の子は乳児の頃にアレルギーによる湿疹がひどくて、かわいそうと思われるのが辛くて、外出してもなるべく人目を避けていました。そんな時、外出先でうちの子どもの顔を覗き込んで「かわいいね」とほめてくださった女性がいて、その言葉で自分の思い込みが解けたと感じた瞬間、世界が明るくなった気がしました。お出かけもあまり嫌じゃなくなったんです。

きっと、障がいのある人たちや、そのご家族たちも、大きな声を出しちゃうんじゃないかとか、かわいそう、大変そうって思われるんじゃないかとか、何かしらの理由でお出かけを躊躇する人が多いんだろうと思いますし、実際にそうした調査結果もあります。だから、社会に対して、「すみません」などと言わないで出かけられる場をつくっていきたい。

私たち乃村工藝社のミッションは、「空間創造によって、人々に歓びと感動を届ける」です。でも、社会には障がいのある人はもちろん、妊婦さんや乳幼児の子育て中の人、感覚過敏の人、認知症の人、等々、お出かけしにくい人がものすごくたくさんいらっしゃる。お出かけしやすい社会がつくれれば、「歓びと感動」をお届けできる人たちが増えるんです。それもCSR的な視点だけではなく、経済循環の視点でやりたい。

「太陽ミュージアム」の仕事を通じて得た学びのひとつです。それだけの数の人がお出かけをして、交通機関を利用し、買い物や飲食をする、あるいは施設を利用する……。みんな消費者ですから、企業やお店にとってもウィンウィンの関係がつくれます。経済の活性化につながるかもしれないし、なにより、ビジネスベースに乗せることで、永続性が確保できます。

 

「インクルーシブ社会のプラットフォーム」を目指します
 

松田  疎外感が出るのは、障がいのある人と、そうでない人とを社会が分離してきたからですよね。ヘラルボニーは、そこの意識を変えていこうと思っていますし、実際、ヘラルボニーを通じて、障がいに対するイメージがポジティブな方向に変わったという人は、EC上のアンケートだと「7割以上」という結果でした。

必要なのは知ること、分離ではなく共生です。ヘラルボニーは、アートビジネスで立ち上げた会社ですけれど、ゆくゆくはインクルーシブ社会のプラットフォーマーになりたいと考えています。  最近、構想しているのがインクルーシブクリエイター。

ヘラルボニーには、ろう者のメンバーや、車椅子のメンバーもいますけれど、それぞれがクリエイターとしてすごい個性を持っている。その人たちが一緒に共創できて、大きく開かせられる枠組みがつくれないかなと思っています。そして、その仕組みを全国のさまざまな場に実装して広げていく。別にアートである必要はなくて、どんな場があってもいい。みんなが通えるスイミングスクールでもいいんです。そういう価値を付加できるプラットフォーマーになることが、目指すべきゴールですね。

山口 今、目の見えない人のための空間をつくろうとすると、目の見えない人にニーズを聞くことはしますけれど、その人たちをデザイナーとして捉えることは少ない。でも、デザイナーという立場で入っていただければ、違う発想で、もっと心地いい空間ができるかもしれません。これからも、ヘラルボニーさんと一緒にやれることがたくさんありそうです。

 

(2024年11月収録)
写真=木内和美

プロフィール

ヘラルボニー 代表取締役Co-CEO 松田文登さん

ヘラルボニー
代表取締役Co-CEO
松田文登さん

乃村工藝社 クリエイティブ本部  第一デザインセンター デザイン3部 部長 兼 未来創造研究所 NOMLAB 部長 山口 茜

乃村工藝社
クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン3部 部長 兼 未来創造研究所 NOMLAB 部長
山口 茜

Media乃村工藝社のメディア

  • TOP
  • SCENES
  • これまでの福祉的な視点ではなく ビジネス発想で社会を変えたいですね
PAGE TOP
Contactお問い合わせ

お問い合わせ/お見積もり依頼/資料請求は下記よりお気軽にご連絡ください。
お問い合わせの多いご質問や、よくいただくご質問は別途「よくあるご質問」ページに掲載しておりますので、
ご活用ください。