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昔も、今も、これからも 人の暮らしのあらゆるシーンと向き合いたい

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Insights ─未来のカタチ
INTERVIEW

昔も、今も、これからも
人の暮らしのあらゆるシーンと
向き合いたい

これからの生活シーン、これからのビジネスシーンでは何が求められ、それに合わせて空間づくりはどう変わっていくのだろうか。未来へのヒントを探るシリーズ「insights─未来のカタチ」。初回は、創業以来130余年、常に次代に向けた空間づくりを模索してきた乃村工藝社で、自らも長く空間づくりの現場に立ってきた代表取締役 社長執行役員の奥本清孝が、これからチャレンジしたい空間の在りかたについて語ります──

 

空間づくりは面白いんです

 私は街に出て、いろいろな建物や空間を見て歩くのが好きなんです。それで、この空間はなぜこのような形にしたんだろうかと、空間に込められた意味を読み解いたり、これは私たちだったらどうやってつくるだろうかといった技術的な視点で眺めたり、とにかく、私たちならどうアプローチするかを考えるのが面白いんですね。私は乃村工藝社に入社して35年になりますけど、この仕事は面白いなあと思いながら今日まで来ました。

 空間づくりのスタートは制作管理の仕事で、百貨店さんをはじめ、商業施設のプロジェクトを数多く手掛けました。20代の後半には、関西国際空港のプロジェクトに参加させてもらい、免税店、土産物店、レストランなどをつくりました。そのレストランだけで10店くらいあって、担当案件の端から端まで1.7㎞くらい離れている。ものすごく苦労しましたけれど、ものすごく記憶に残る大プロジェクトでした。

 プロジェクトリーダーを務めるようになってからは、全体感を大事にするようにしてきました。お客さまの希望があって、予算があって、納期がある。それらをバランスさせながら仕事を進めるわけですが、通り一遍のものづくりはしたくない。例えば、デザイン的には、きれいな曲線を描く金属パイプを使いたいけれど、予算と納期とを考えたら難しい。でも、そこで諦めたくなくて、条件に合う製作者を海外にまで広げて探し出す。「できない理由を探すより、できる方法を考えよう」という言葉が好きで、ずっとそれを実践してきました。
 もちろんそれは、お客さまに歓んでいただく、感動していただくためなのですが、同時に、私たちは常にものづくりの先頭を走っていたい、という想いの表れでもあるのです。

 

「奇跡の一本松」は、最先端技術のかたまりです

 2011年に東日本大震災が起こりました。その時に、岩手県陸前高田市の海辺にあった一本の松の樹が、あの津波に耐えて残ったんです。「奇跡の一本松」として有名になった樹なのですが、長く海水に浸かって根が枯れていく。でも、地元の方々は復興のシンボル、希望の松として、どうしてもそのままの姿を残したい。なにか方法はないかと、私たちも含めて数社に相談がありました。
 ただ、技術的には非常に難しいんです。高さが約27mもありますし、枯れた樹を、まるで生きているように、風雨や雪、紫外線に耐えて立たせ続けなければならない。結果的に、最も地元のご希望に沿えるとして、私たちの案が採用されました。

 実際の作業としては、枝の下部から根元まで、樹の幹の中心をくりぬいて芯材を通し、幹に保存処理をして、しっかりとした土台に立てるというものです。見た目は樹ですが、航空宇宙技術のノウハウも用いた最先端技術のかたまりのようなプロジェクトになりました。

 まず難関は構造計算。高さ約27mの幹は、ゆるやかなS字を描いています。こんな構造物の計算は非常に難しい。社内で進める一方で、アドバイスいただけるところを探して、たどり着いた航空宇宙技術振興財団(JAST)、宇宙航空研究開発機構(JAXA)など、多くの専門家の協力を得ることができました。芯材の構造体には、軽量で強度が出せる炭素繊維樹脂(CFRP)を採用。幹の保存処理は、内側に補強、防虫、防腐、紫外線対策等の樹脂を、外側には、防水、撥水、紫外線対策等で特殊樹脂材を浸み込ませてあります。社内に保存技術のエキスパートがいたことで、それが可能になりました。被災後の軟弱地盤に立てますから、基礎工事の前に地盤改良が必要で、その上に強固な基礎をつくりました。

 さらに、枝ぶりも元通りに再現しました。模型や3Dでシミュレーションを繰り返してつくり上げました。でも、地元の方から、ちょっと印象が違うかなといわれ、修正の作業もやりました。完成式典はもう少し後になりましたが、被災2周年の2013年3月11日には姿を見せられるようにしたいということで、もう必死でしたね。

 

お客さまのストーリーをともに考える

 仕事として空間づくりが面白いと思うのは、お客さまと会話をし、一緒に考えながら、私たちの発想や提案をカタチにしていけることにあります。最終的にでき上がったものが、お客さまに歓んでいただけ、私たちも達成感がある。そんなパートナーの関係で仕事をしてきましたが、このところ、お客さまが求めるものが変化してきたという実感があります。

 以前なら、格好のいい空間、それをデザインできる能力が求められることが多かったですけれど、こちらからのご提案に、ストーリーを求めるお客さまが増えてきました。コンペなどでも、しっかりとしたストーリーが求められます。最近では、“サステナビリティ” や “地球温暖化”、あるいは “社会貢献” といったストーリーは、お客さまの関心が高いです。

 2023年にオープンした、北海道小清水町の庁舎もストーリーを重視した案件です。小清水町は人口4千数百人ほどの小さな町なのですが、老朽化した役場庁舎の建替えと併せて、町が抱える過疎・高齢化の課題に向き合い、日常時と災害時の機能が融合した複合庁舎へと建て替えることになりました。私たちは、 “にぎわい空間” の基本計画・基本設計、庁舎全体やVIデザインなど を担当し、ルネサンスさん、オクラボさん、モンベルさんなど民間企業と連携しながら、役場機能だけでなく、コミュニティスペース、カフェ、コインランドリー、フィットネスジム&スタジオ、ボルダリングなど、町民が普段使いでき、楽しめる機能を盛り込みました。普通は役所には用がある時にしか行きませんけど、そうではなくて、日常的に人が集まる場所にする。役場でありながら、誰もが集えますし、何度も訪れて長居したくなる。人と人との新たな交流も生まれる。新しくできた小清水町防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」は、 “町民の居場所としての空間” になりました。

 しかも、盛り込んだ機能は、日常を豊かにするだけではなく、災害などの非常時には、一時避難所、炊き出し、衛生環境の確保などに使えるよう、複合庁舎としては日本初となるフェーズフリーの考え方を取り入れています。今後は、こういった考え方の施設がどんどん増えていくと思いますし、複合化もより高度になっていくでしょう。ですから、私たちも専門領域を広げ、専門性を磨いて、これからの時代に対応できるようにしていきます。
 

“しあわせな気持ち”をデザインする

 高いビルの上から街を見渡すと、私たちの仕事はまだまだたくさんあるなあと思います。これから、人々はもっと豊かになっていく。でも、これまでとは豊かさの方向が変わって、どちらかといえば自分だけの空間、自分が落ち着ける場所が欲しくなる。そんなふうに思います。もっと多種多様な人たちが出てくるでしょう。コロナ禍もありましたし、世界には戦争もありますけど、せっかく人間どうし、今そこにいる人たちは、しあわせであるべきじゃないか、もっとコミュニケーションを取っていこうよ─そんな空気が広がっていくような気がします。そうなると、まさに私たちの出番じゃないかと。
 たぶん、一品ものがもっと増えるでしょう。ものでもお店でも、ひとつつくって、同じものをたくさん展開していくのではなく、必要な人に合わせて、ひとつずつ、丁寧にものをつくっていく。これは、ずっと私たちがやってきたことでもあります。

 さらに、スクラップ・アンド・ビルドという考え方が減ってくるでしょう。世の中が、ものを大切に使おうという方向に変わってきていますから。それだけに、ものづくりは、質を上げていかなければなりません。
 建物が先にあって、その中の空間のつくり方を考えていくのではなく、まずどんな価値を提供する空間なのかを考え抜き、それに合わせて建物のカタチが決まってくる。そういうプロジェクトも増えてきています。

 住まう、食べる、買う、働く、遊ぶ、学ぶ、旅する、泊まる、観る、集まる……人々が暮らしていくあらゆる “シーン” を深く掘り下げ、人々が望む本質を理解すること。そして、そこにいる人々の “しあわせな気持ち” をデザインしていくこと。昔も、今も、これからも、空間づくりとは、そういう仕事だと思っています。

 

写真=吉澤健太

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