音と光と風が抜ける[ライブハウス] おとなが語らい音楽があふれ出す街に — 2
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目指したのは“抜け感”のあるライブハウス

ゴールのイメージは固まったものの、プロジェクトをスタートさせるには、大きなハードルが2つあった。ひとつは、ブルーノート誘致のために2階の床を抜くことについて、サッポロ不動産開発の社内コンセンサスを得ること。もうひとつは、実際に2階の床は抜くことが可能なのか、抜けるとしてどんな範囲で抜けるのか、技術的な検証をすることだった。社内コンセンサスのために、岸さん、杉田さんは社内を説得して回る。
「床を大きく抜いて、床面積を減らすわけですから、もちろん、社内には反対論もありました。でも、ブルーノートさんに代わるコンテンツがあるかというと、超えるものは挙がってこない。それくらい素晴らしいブランドですから。議論するにつれて、プロジェクトを進める方向で自然と社内の流れができていきました。それで、ブルーノートさんには『ブルーノート』の名前での出店をお願いしました」(岸さん)
ブルーノート・ジャパンが展開する店舗は、業態によって名前を使い分けているが、社長の伊藤さんはこの申し出を快諾する。
「カフェとかレストランの業態ではブルーノートの名前は使いません。でも、ここならライブ演奏と食事とを融合させられる。ブルーノートの世界観がつくれるのであれば、名前を使ってもいいかなと判断しました」(伊藤さん)
床を抜くことの技術的な可否については、恵比寿ガーデンプレイスを設計した設計事務所に調査を依頼。技術的に可能なことが分かり、さっそく工事が行われた。
「梁を切っちゃうんですから、結構、とんでもない工事なんです。でも、補強を入れるので、構造的な問題はない。床が抜けたときには感動しましたね。図面で見当はついていましたが、真ん中のちょうどいい位置に、大きな吹き抜けが現れました」(小坂さん)

そこからは、ブルーノートの世界観をつくり込むために、乃村工藝社チームがデザイン・設計を詰めていく。チームの髙橋勇人さん(乃村工藝社A.N.D. ルームチーフ デザイナー)たちが、ブルーノート側の想いを具体的な形に落とし込んでいった。
「伊藤社長からは、デザインをし過ぎないでくださいと、ずっと言われていました。ごりごりにデザインして、見せびらかすのはやめましょうと。それで、なるべく基本に立ち返って、風通しをよくするとか、光が感じられるとか、そういった“抜け感”を意識しました。もともとが雰囲気あるレンガ造りですから、元の素材はなるべく生かし、新たな材料には不燃木の古材などを組み合わせて、建物そのものの味わいを残すようにしました」(髙橋さん)
“抜け感”の最大の立役者は、真ん中の大きな吹き抜け構造だ。これによって、1階と2階との一体感が生まれ、利用シーンによってはステージを見下ろせる2階席は特等席にもなる。だが、最初の計画では、ここまで天井高がある空間ではなかったと髙橋さんはいう。
「改装のために2階の天井を剥がしてあったんです。ダクトやスプリンクラーの関係でスケルトン天井にはできない。それで、新たな天井を張る予定だったんです。でも、関係者の皆さんが、天井がすごく高くて気持ちいいねと、口々におっしゃる。それでなんとかしようと。スケルトン天井に見えるように左官仕上げのボードを張って、ぎりぎりまで高さを稼ぎました。結局、最初の計画より2m近く上げることができて、天井高は10m弱あります」
もうひとつ、“抜け感”のハイライトは、客席の一方の壁全面を使ったライブキッチンだ。客席から眺めると、キッチンでキビキビと動き回るシェフたちが、まるで映画のワンシーンのように見える。
「オープンキッチンにしたいなという思いは最初からあったんです。ただ、どうしても音の問題があって、キッチンでガチャガチャやっている音がライブの邪魔になる。それで、キッチンと客席との間にフィックスのクリアガラスを入れて、シーンは見える、目線としては抜けるけれども、音は外に出ないようにしました。見え方も工夫して、あまり見え過ぎないように、開口部をかなり横長の形にしています」(髙橋さん)

30代女性に人気の街へと変貌

ライブハウスの核となるステージは、配置や高さをどうするか、関係者の間で議論が交わされた。最終的には、飲食店としての基本を押さえた上で、アーティストとお客さまにとって心地いい配置を考えたとブルーノート・ジャパンの松内さんはいう。
「基本は飲食店としての動線で考えています。その中でライブが見やすい配置を考えていく。しかも、ライブをやっていないときにも、寂しさや殺風景さを感じさせないようにしたい。その辺りは、皆さんとかなり相談しました。ステージの高さについても、段差を設けずフラットにしようという案もありました。その時々で、配置が自由にできますから。でもライブ演奏は、やはりステージがあったほうが映えるんです」
さんざん議論して、結果的に高さ15cmのステージを設けることになった。小坂さんが、その狙いを語る。
「15cmのステージはかなり低いですけれど、ステージ映えを確保した上で、ライブのないときは、ステージ上にテーブルを置いて客席にしても違和感がない高さなんです。そして、ステージを外からも見えやすいように窓際に置く。15cmは、外のテラスとのつながりがいい高さでもある。お店の入り口から来ると、客席フロアは15cm下げてありますから、15cmの段差がフロア全体に立体感をもたらしている。自然に見えると思います」(小坂さん)
全体の枠組みが決まり、店内のインテリアをデザインしていくにあたって、乃村工藝社チームがこだわったのは、さりげなく音楽のモチーフを盛り込むことだった。例えば、オリジナルデザインの照明器具。使われなくなった楽器の弦、ギターのペグやシールドジャックがパーツとして用いられ、気付いた音楽ファンを喜ばせるような仕掛けが施された。
最後の仕上げに、ライブハウスの生命線である音響の調整が、きめ細かく行われた。
「音響のコンサルタントに入っていただいて調整しました。平面図である程度の想定はできるので、あとは実際にでき上がってから、音を鳴らして調整しました。外にどれくらいの音が出ていくのか、他のテナントさんに響かないかなど、何回もテストしました」(松内さん)
隣接するテナントに響くかどうかについては、特に注意が払われた。
「建物の真下にシェアオフィスがあるんです。計画の最初の段階からお話をして、ブルーノートさんの出店は、むしろ歓迎していただいていました。でも、音でご迷惑をかけるわけにはいかないので、音対策は徹底して行いました。おかげで開業以来、音に対するクレームはまったくありません」(杉田さん)

2022年12月。恵比寿ガーデンプレイスの新たなシンボルとして、BLUE NOTE PLACEはオープンした。ブルーノート・ジャパン社長の伊藤さんは、青山のブルーノート東京とは、うまく棲み分けができたと感じている。
「食事しながら、会話しながら、音楽が聴ける。3つが揃うのはここなんです。ブルーノート東京では、ライブ演奏中に話をしていると苦情が出る。音楽のウエイトが高いんです。でもここは、特に2階席は会話をしながら音楽が聴けます。つくりたかったそのシーンが実現できた。そういう思いですね」
松内さんは、そもそも狙う客層が、青山の店とはかなり違うという。
「もちろん、ブルーノート東京のお客さまにも来ていただきたいですけど、どちらかというと青山にまだちょっと足が向いてない若い人だとか、いままでは音楽嗜好がちょっと違っていた方とか。新しい人たちにまずこちらを知っていただきたくて。ライブは、試験的に若いアーティストと組んでやっています。なので、20代、30代のお客さまが多いですね。ブルーノートは敷居が高いと感じているような方々に、来ていただけたらなと思っています。それに、地域住民のお客さまも多くて、特に週末は予約なしでふらりと入ってこられます」
新たな客層への変化は、サッポロ不動産開発も実感しているという。
「BLUE NOTE PLACEさんのお客さまは、明らかに従来の恵比寿ガーデンプレイスのお客さまとは違っています。施設内の大型テナントが入れ替わったこととの相乗効果で、全体的にお客さまが入れ替わった印象ですね。年輩のお客さまが多いイメージだったのが、コンテンツが変わったことで、お客さまも大きく変化しているんだと思います」(岸さん)
小坂さんは、地域の人たちがBLUE NOTE PLACEで談笑している姿を見るのが楽しいという。
「伊藤社長も最初からおっしゃっていましたけど、この辺に住んでいる奥さまたちが、昼間、ベビーカーを押してママ友と来てもいい。そういう居心地いい空間にできたらいいなと思いながらつくりました。それでオープンしたら、実際にベビーカーでママ友たちが来てくださる。嬉しいですね」


(2023年9月取材。記事の肩書は取材時のものです)
取材・文=能勢 剛(『日経トレンディ』元編集長)
写真=©Satoshi Nagare
プロフィール
サッポロビール
新規事業開拓部 部長岸 裕介さん
サッポロビール
外食営業本部 外食統括部 FBS・FKG統括部 東日本グループ リーダー杉田直彦さん
ブルーノート・ジャパン
取締役 店舗開発部 マネージャー松内孝憲さん
乃村工藝社 A.N.D.
エグゼクティブクリエイティブディレクター小坂 竜さん
乃村工藝社 A.N.D.
ルームチーフ デザイナー髙橋勇人さん
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