乃村工藝社 SCENES

クリエイターの創造力を拡張し、「人の手を超えたデザイン」を生む

2025.11.12
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SHIBUYA SKY(渋谷スカイ) SKY STAGE
SHIBUYA SKY(渋谷スカイ) SKY STAGE

technology&engineering
クリエイターの創造力を拡張し、「人の手を超えたデザイン」を生む

コンピュテーショナルデザイン

乃村工藝社にとって、コンピュテーショナルデザインは、クリエイティブの可能性を広げる最重要ツールのひとつだ。効率化や省力化を主目的にコンピュータの能力を使うのではなく、クリエイターの創造力を拡張する形でコンピュータを駆使する。その先に、新しい「空間デザイン」や「空間体験」の可能性が開けていく。
コンピュテーショナルデザインとは、具体的にどんなことを行うのか。デザイナーとして、乃村工藝社で早くからコンピュテーショナルデザインに取り組んできた吉田敬介に、デザイン制作の実際を語ってもらった。

桜並木の空間体験を刻々と生成する

Shibuya Sakura Stage 「さくらCHORUS」
Shibuya Sakura Stage(渋谷サクラステージ)の「さくらCHORUS」

満開の桜並木のような、1000個以上のオリジナルLEDがまたたく広場。自然の桜の樹が、陽の光や風、季節や時間帯で刻々と表情を変化させていくように、LEDの灯りも、風で光が流れたり、桜の花が散るように徐々に光が少なくなり、全部が消えたらまた満開になったりと、まるで生きているかのように表情が変化していく。灯りの下には水盤、周りには立体的な音響が流れる。傍らのベンチに腰を下ろし、光と音の空間を楽しむ人も多い。
2024年7月、JR渋谷駅直結でオープンした「Shibuya Sakura Stage(渋谷サクラステージ)」。その「にぎわいSTAGE」にある「さくらCHORUS」は、来街者にとって癒しの空間になっている。このプロジェクトは、吉田敬介がパートナー会社とともに空間デザインを担当した。

「渋谷の文化と桜丘エリアが持つ歴史を大切にしながら、常設の環境演出として長く街へ根付くようにデザインしました。気温、湿度、雨、風といった天候の変化はもちろん、広場の人の流れ、隣接する駅ホームでの電車の発着なども感知し、コンピュータが刻々と光や音の演出を生成しています。一瞬ごとに変化させているので、同じ動作を繰り返すことはありません」


コンピュータとデザイン。すでにデザイン制作の現場では、コンピュータは不可欠のツールになっている。単に紙とエンピツの代わりをさせたり、コンピュータ上で3Dモデルをシミュレーションしたりと、コンピュータの活用法はさまざま。そのなかで、クリエイティブツールのひとつとして、デザイナーがコンピュータを頭脳の拡張として使いこなしていくことがコンピュテーショナルデザインだ。
最近では、建築や空間の設計にコンピュータを活用していくBIM(Building Information Modeling)が注目されているが、BIMとコンピュテーショナルデザインとは、隣接する領域ではあるものの、コンピュータを使う方向性が違うと吉田はいう。

「よく勘違いされるのですが、両者はまったく違うものです。BIMは、あらゆる情報をモデリング情報にひも付けしていって、より効率的に、便利に、ミスなく、精度よく仕事を進めるためのシステムです。そのプロジェクトに関わる人の誰もが、共通のプラットフォームとしてBIMを活用する。いわば“情報の民主化”の方向性なんですね。

対してコンピュテーショナルデザインは、個々のデザイナーが、人の手を超えたデザインを生み出すためにコンピュータを使います。例えば、デザインコンセプトを考える際に、滝のようにしたいとか、空のようにしたいと考えるとします。デザイナーは、自分の手でイメージ画を描くこともできますが、その代わりに、滝や空をイメージさせるプログラムを書いていくんです。滝なら、水の流れや水しぶきがどう表現されるかはプログラムの組み方しだいですから、デザイナーによって出来上がる作品はまったく違うものになります。
水しぶきを一滴ずつ手では描けませんけれど、形のルールを記述することでコンピュータに描かせることはできる。そうやって、まずはデザインの道筋を決めて、それをコンピュータに表現させる仕組みをデザインしていく。コンピュータが自動的にデザインしているわけではないので、デザイナーの感性や個性がものすごく反映されるんです。コンピュータを動かすコードは、書いた本人にしか読み解けませんし、出来上がったデザインは、デザイナーの属人的な作品なんです」

 

「デザイン」と「体験」はセットで考える

高校時代からパソコン好きだった吉田は、大学・大学院で建築を専攻しながら、プログラムの開発にのめり込む。大手の建築設計事務所でアルバイトをしていた際に新国立競技場のコンペがあり、建築家の提案である大きく波打つようなデザインの屋根に、トラス型の構造を通すプログラムを書いたこともある。学生時代に、米国からコンピュテーショナルデザインを教えに来ていた先生と出会い、面白さに惹かれたという。
乃村工藝社で仕事をするようになって、初めて吉田が手掛けたコンピュテーショナルデザインの案件は、あるショップのアートワークだった。 

「ショップの天井から花吹雪が舞い散るデザインにしようと思ったんです。それも、花吹雪っぽいシャンデリアなんかではなく、本当に天井から花びらが吹き込んできたような形にしたい。それで、天井のルーバーを本物と同じ配置に設定して、その隙間から風で花びらが流れ落ちるシミュレーションプログラムを書きました。
そして、プログラム上で花びらの動きを検証し、美しく見える一瞬を固定して、実際のものをつくりました。1枚ずつの花びらのXYZ座標を抽出して位置を決め、天井から吊るんです。風で流れる花びらは、向きや傾きによって見える形が違ってきます。その形すべてを再現するのは無理ですので、それもプログラムを書いて近似したパターンに置き換えました。結局、20種類のアクリル製の花びらをつくりました」

コンピュテーショナルデザイン
ショップの天井ルーバーから、本当に花びらが吹き込んでいるようなデザイン。シミュレーションを繰り返し、美しく見える隙間を固定した。

このプロジェクトに吉田が取り組んだのは、7年ほど前のこと。その頃は、周囲でコンピュテーショナルデザインはほとんど使われていなかったという。その後、さまざまな案件を担当し、外部のクリエイターたちと交流するなかで、コンピュテーショナルデザインの活用範囲を広げてきた。

「そもそも乃村工藝社の仕事は、空間の造形だけではなく、演出・体験の要素が組み合わさってくるものが多いんですね。そこにコンピュテーショナルデザインを取り入れてみると、けっこう相性がいい。一見すると難しい課題でも、意外とプログラムで解けて、提案することができたりします。そうやって、徐々にやれることを広げてきました。
いいものをつくるには、“空間のデザイン”と“空間の体験”とをセットで考えることがすごく大事なんです。だから、空間をデザインする時には、演出も一緒に考えたい。しかも、プログラムが書けると、演出も考えやすいんです。空間のなかで光をどう動かそうかとか、映像がどう見えるのかといったことが、パソコン上にシミュレーターをつくれば、わりと簡単に検討できますから」

 

「高みを目指す非日常」をつくり込む

最近では、コンピュテーショナルデザインで、空間デザイン・体験をつくり込んだ案件も増えている。2019年に開業した「渋谷スクランブルスクエア」の展望施設、「SHIBUYA SKY(渋谷スカイ)」もそのひとつ。14階の入り口から、45階、46階、屋上展望台のSKY STAGEまで、空間デザインを吉田がパートナー会社と担当した。 

SHIBUYA SKY
階上に抜ける暗く細い通路。意識が上へ上へと向くように演出されている

「コンセプトは、この展望台が渋谷にできる意味だとか、渋谷でしかできない体験をつくることでした。それで、プロジェクトチームで考えていくと、広島・宮島の弥山なんかもそうですけれど、人は高いところに登るときに、険しい道を歩き、途中で石を積んだりして、自らの痕跡を残そうとする。屋上のSKY STAGEは圧倒的な開放感がありますから、そこに至るまでの道筋には、少し暗くて抑圧されるような空間をつくったり、山道のようなあえて窮屈なところを通らせたり、あるいは、渋谷の街のさまざまなデータをリアルタイムにビジュアライズして、窓の外の景色と対比させるなど、多くのストーリーを体験化して空間をつくり込んでいきました」

実際に、苦労して高みを目指す空間体験をイメージし、コンピュテーショナルデザインでつくり込んだと吉田はいう。

「まず14階のSENSING HALLでは、非日常を予感させる光のラインと、人を追いかけて動く天井のインタラクティブ映像で、自ずと上を意識してもらいます。エレベーターに乗ると、天井には速度に合わせて上昇していく映像と音響が流れ、非日常への移行を感じられます。さらに45階から上がる通路は真っ暗で、上へと導くように細い光のラインが走ります。この暗い空間で抑圧された感覚が、屋上のSKY STAGEで一気に解き放たれる。ビルは地上250mの高さなのですが、その屋上から250mのレーザー光線を打ち上げて、いちばん高いステージから、さらに空を見上げてもらうという演出にしました。これらの空間デザイン・体験は、光の流し方とか、映像の入れ方、ギャラリー展示の配置など、プログラムを駆使して解いていきました。どうすれば、空間体験が豊かになるのか。コンピュテーショナルデザインだからこそ実現できたプロジェクトだと思います」

SHIBUYA SKY
光と音で上昇を体感させるエレベーターの天井

 

手仕事とデジタルとを融合させたい

演出に寄せた使い方がある一方で、コンピュテーショナルデザインで造形をつくり込むこともある。最近、吉田が手掛けたのはタイルづくり。中国と日本のメーカーと組み、職人の手では難しいようなタイルにチャレンジした。 

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「中国にあるVIP向けイノベーション施設のファサードなんですけれど、3Dセラミックタイルでつくりました。中国には古代から文様文化が根付いていますので、それをデジタルで解き直すことは、イノベーション施設としても意味があると考えました。
文様というのは、平面的な幾何学模様で出来上がっているのですが、ひとつの図形をプログラムで連続的に変化させていけば、ものすごく複雑な文様を描くことができます。パラメータを変えれば、無限に近いバリエーションが生成できる。今回は、タイルの1枚ずつの表面に15パターンの文様を描き、セラミックを扱える3Dプリンターで出力。釉薬をかけて焼き上げていますから、質感や手触りは陶器そのもの。平面から立体となった文様は、新たな文様の可能性を示しています。
そのタイルが中国のお客さまに大好評だったので、次は自由にデザインしてくださいと、また次の依頼が来ました。それで、今度は文様に意味を持たせることにして、鶴と亀をモチーフに吉祥文様のタイルをつくることにしたんです。鶴の翼の美しい曲線、亀の甲羅の稜線をイメージし、プログラムを使って有機的で立体的なシルエットをデザインしました。鶴だけで20パターンありますけれど、どんな向きにどう組み合わせても成立するデザインにしてあります。厚みのある曲線の鶴も、彫刻のような細かなラインが入った亀も、コンピュテーショナルデザインと3Dプリンターとの組み合わせでしかできなかったと思います」

3Dセラミックタイルでつくったファサード。手づくりのタイルでは、スケルトンで組めるこの精度は出ない。

そして今、吉田が試みているのは、コンピュテーショナルデザインを使って、手仕事とデジタルファブリケーションとを融合させることだ。

「例えば、石の表面を職人さんに彫ってもらい、それを3Dスキャンで取り込んで、プログラムでデザイン化していく。あるいは、職人さんがつくった木のオブジェの骨格を抽出して、デザイン化しながら、ちょうど樹が成長するようにランダムに生育させていく。ファサードなどに使えば、どちらも、職人さんの手の痕跡が残っているような印象をつくれるんじゃないかと思っています」

プロトタイプ
手仕事を取り込んだタイルデザインのプロトタイプ

他にも、液晶やLEDなど発光するディスプレイを使わずに、金属やガラスなどのマテリアルで情報を伝え、空間を演出する試みなど、未来に向けて吉田が進行させている実験的なテーマは多種多様。
「海外に比べて、日本のコンピュテーショナルデザインはとても遅れているんです。だから、チャレンジングなテーマにも根気強く取り組んでいって、少しでも社会に普及させたいですね」

AGCとコラボしたインスタレーションの「Inside of Material」。ガラスにまつわるさまざまな技術をメディアとして捉え、空間の配置、音や透明度、映像によって立体的な空間体験をつくった

 

(2024年11月取材。記事の肩書は取材時のものです)
吉田敬介 写真=©木内和美

プロフィール

株式会社乃村工藝社 クリエイティブ本部 コンテンツ・インテグレーションセンター クリエイティブ・ディレクション部 第2ルーム・BIMデザインチーム 未来創造研究所 NOMLAB デザイナー/デザインエンジニア 吉田敬介

株式会社乃村工藝社
クリエイティブ本部 コンテンツ・インテグレーションセンター クリエイティブ・ディレクション部 第2ルーム・BIMデザインチーム 未来創造研究所 NOMLAB デザイナー/デザインエンジニア
吉田敬介

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