創造したのは「独自の世界観」と 究極の便利さ、快適さ
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planning & design ─リノベーションで新たな価値を実現した[ホテル]
1955 東京ベイ by 星野リゾート
千葉・浦安市
東京ディズニーリゾートは、2023年の来園者数が2750万人。コロナ禍前は年間約3000万人を数え、テーマパークとして国内トップの集客力を誇っている。その来園者数を反映して、パークの周辺エリアには20軒以上もの大型ホテルが立ち並ぶ。浦安市内の客室数は約1万2000室。全国一のテーマパークの街であると同時に、全国屈指のホテル集積地でもある。その大型ホテルのひとつが、運営会社の変更を機に、新たな視点と発想とで斬新なリノベーションを実施。利用者目線を追求した便利で快適なホテルが誕生した。

朝、目が覚めると巨大なレストランが出現

ホテルのロビーに掛かる3枚のイラスト。天井まで届くほどの巨大さで、ホテルの昼、夕、夜の光景が描かれている。画のタッチは、旧きよきアメリカ。イラストの前には、スマホ用の撮影スタンドが置かれ、館内のフォトスポットとして客足が絶えない。翌朝、客室から朝食に降りていくと、3枚のイラストが掛かる巨大な壁は開け放たれ、存在すら知らなかった広々と活気あふれるレストランが出現。ロビーのラウンジだったはずのスペースまで、レストランエリアに変身している。前夜には気配すら感じられなかったサプライズが、リゾートホテルとしての非日常感を盛り上げてくれる──
このホテルは、2024年6月に開業した[1955 東京ベイ by 星野リゾート]。2018年に開業した[東京ベイ東急ホテル]の所有者が変更になり、それに伴い運営会社も変更。運営を星野リゾートが引き継いだものだ。引き継ぐにあたり、星野リゾートはホテルに新たなコンセプト、顧客目線の新たな価値を持たせることを計画。築浅のホテルではあったものの、あえて全館を閉鎖し、半年かけてリノベーションを実施した。 新しいホテルのコンセプトを決めるにあたって、まず実施したのは、徹底した調査だった。[1955 東京ベイ by 星野リゾート]の総支配人、穴井主税さんが語る。
「このエリアで起きていることは何なのかということを、まず調査をして、分析しました。その結果、一定のお客さまが一定のニーズで困っていることが分かりました。東京ディズニーリゾートはものすごい人気で、ディズニーランドもディズニーシーも、早朝の6時、7時くらいから入園待ちをするのが当たり前になっているんです。ですから、周辺のホテルは朝5時くらいからチェックインが始まる。
ご家族で遠方からクルマでいらして、お母さんがチェックイン手続きをする間、お父さんはロビーのソファで仮眠をとるなんていう光景が珍しくありません」(穴井さん)
しかも、宿泊客は東京ディズニーリゾートの営業時間に合わせて行動するので、特定の時間帯に人が集中する。穴井さんが続ける。
「開園時間の前にチェックインしようとする人でチェックイン窓口が混雑しますし、帰ってこられるお客さまは閉園時間の直後に集中しますので、その時間帯にチェックインされる方や売店に並ばれる方で、ホテルのロビーまわりは大混雑になる。当ホテルですと、夜9時半くらいにとても大勢のお客さまが帰っていらっしゃる。しかも、一日中、遊びつくしているので、皆さんへとへとです。
ホテルに戻っておいしいものを食べようにも、なかなかそうはいかない。なので、こうした課題を解決して、東京ディズニーリゾートに行くことが負担にならない、徹底的に便利で快適なホテルをつくろうというところから、このホテルの計画はスタートしました」
24時間使えるラウンジスペースがほしい

課題を解決するにあたって、星野リゾートが最も重視したのは2階フロアにあるメインのパブリックエリアだった。
「638室ある客室も順次改装をしていきますけれど、一番力を入れたのは、パブリックエリアをいかに特徴的な存在にするかということでした。星野リゾートが持つホテルのカテゴリーにカジュアルホテルの[BEB]というブランドがあって、24時間、宿泊客が自由に過ごせる空間を備えています。お客さまが自由にくつろげるような、そういう空間をこのホテルにもつくれないかと、リノベーションを担当していただく乃村工藝社さんにご相談しました」(穴井さん)
乃村工藝社チームで計画の立案にあたったデザイナーの井上裕史さんは、パブリックエリアのゾーニングを検討することから始めたという。
「元のホテルには、2階のパブリックエリアに宴会場とレストランがあって、大きな面積を占めていました。そのゾーニングをどう組み替えたら、究極の便利で快適なホテルになるのか。その検討に、いちばん時間を割きました。
ユーザー目線に立って、自分たちが使うのであれば究極の快適で便利なホテルってどういうことかな、と。疲れて帰ってきても、手が届くとこで食べ物が買えて、温かいものが食べたければホットミールのコーナーがあって、家族それぞれが違うものを食べるとしても、一緒にくつろいで過ごせるような場所が必要なんじゃないか。そんな議論から2nd Room(セカンドルーム)という発想が出てきたんです」
2nd Roomを発案した同じくデザイナーの岡田愛裕美さんが続ける。
「星野リゾートさんからの“24時間使えるたまり場的な場所を”というご要望に対して、最初の頃は、ゲストの方はお部屋でくつろがれるので使っていただけないのではといった懸念がありました。それで、乃村工藝社チーム内でかなりブレストして、東京ディズニーリゾートを目的にグループで泊まられるお客さまが多いので、グループの満足度を上げるような機能を持たせることにしたんです。
グループで来ると誰かが先に寝たいとか、ちょっと1人で休みたいという方が必ずいらっしゃいます。客室を寝室に見立てて、そういう方は客室で休んで、みんなでお話ししたい人には、もうひとつの部屋としてリビングのような場所でくつろげる機能を付ける。第2の部屋という意味で2nd Roomという名前を付けて星野リゾートさんにご提案しました」

提案は、星野リゾート側の想いとも合致していたと、総支配人の穴井さんはいう。
「2nd Roomという発想を聞いた時、弊社の星野佳路代表も参加した企画会議で“あ、これだ”という感じの雰囲気になったんです。やはりお客さまが戻られる時間が遅いですから、他の地域のホテルに比べて客室に滞在される時間が短い。
客室はちゃんと寝ることに特化させて、寝心地のいい部屋をつくるということはお客さまのニーズに合っています。私たちがお願いした“たまり場の空間”があって、買い物や食事ができる場所とシームレスになっている。私たちの想いとマッチしていたので、ご提案はわりとすぐに決まりました」
最終的には、元の宴会場とレストランのゾーニングをやり直し、24時間利用できる2nd Roomと、同じ空間に24時間食べものが買えるFood & Drink Stationを配置。2nd Roomに隣接して、午後6時から11時まで営業するCafeteriaと、Cafeteria奥の仕切りの向こうには、朝食時になるとフロントロビー側のスライド壁が開くRestaurantを設置。時間帯によって空間の仕切りを組み替えながら、チェックイン前からチェックアウト後まで、あらゆる時間帯に、個々の宿泊客がリラックスできる空間を設定した。
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2nd Roomのレイアウトも、画一的な空間にすることなく、さまざまなタイプの宿泊客のニーズに合わせて、いくつものコーナーをつくり分けたと岡田さんはいう。
「海側の窓辺で1段高くなっているセミプライベートルームは、大人数で来られる方を意識して、数家族でいらしても、仕切りのカーテンを開ければ1つのリビングとして広々と使えるようにしました。真ん中にある大きなリラックスルームは、靴を脱いでゴロゴロしたり、乳児連れのご家族も安心して過ごせる場所。その周りには、開放的だけどあまり周囲が気にならないオープンリビングルームを配置。カームダウンルームという、カーテンを閉めて、ちょっと薄暗くして仮眠ができる個室もつくりました。お客さまをいくつかのタイプに分け、それぞれの利用シーンをシミュレーションしながらデザインしました」(岡田さん)


ピンポイントで、1955年に絞れませんか?
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ゾーニングが決定すると、次はホテル全体のデザインコンセプトをどうつくり込むかだった。デザイナーの井上さんが語る。
「最初は、星野リゾートさんも私たちも、デザインコンセプトは持っていませんでした。普通に考えると、ディズニーの世界観に合わせてデコラティブなデザインにするのですが、一方で、パーク周辺のマンションが立ち並ぶ浦安の街は、非常に無機質な印象です。デコラティブな東京ディズニーリゾートと、無機質な都市とのギャップが、無意識なストレスになっているんじゃないかと思い、ホテルは両者をつなぐデザインにしたいというところから発想をスタートさせました。
それで、デザインの手掛かりを探していったのですが、宿泊客の期待はディズニーにあるわけですから、何かインスピレーションが得られないかと思い、ディズニーの創業者であるウォルト・ディズニーさんについて調べました。彼は、1955年にカリフォルニアでディズニーランドをつくったんですけれど、その当時は彼が一番夢を見て、クリエイティブな時代だったんじゃないかと思います。1950年代のアメリカは、非常に楽しく、活気ある時代なので、1900年代前半のアメリカをモチーフに、少しレトロなインテリアとサービスで空間をつくりたいと、企画会議で星野リゾートさんにご提案しました」
その提案は、星野リゾートの星野代表も交えて、ブラッシュアップされていく。井上さんが続ける。
「企画会議には星野代表も出席されていて、いいねと言っていただきました。そして、1900年代前半をもう少し細分化して提案できませんかとおっしゃられたので、後日、僕のほうから、1900年代前半のデザイントレンドをご説明しました。1910年代はアールデコ。20年代、30年代は戦争で鉄が不足しているし、大恐慌もあってインテリアどころではなかった時期。40年代、50年代は第二次大戦の戦勝国でもあり、経済が発展してミッドセンチュリーのインテリアや家具が華開きます。
さらに60年代、70年代になると、アポロ計画が始まったことによるスペースエイジや、ヒッピー文化の影響を受けた自然志向のデザインが入ってくる。それで、今回は40年、50年代のあまり装飾的ではないけれど機能的に美しいデザイン。その時代の色を差し色として、きちんと世界観を出したいとご提案しました。 すると星野代表が、このホテルのコンセプトを1955年と、ピンポイントで年代を絞れませんかとおっしゃる。
1955年はディズニーランドのオープンの年だけど、映画『Back to the Future』で主人公がタイムスリップした先も1955年だったと代表がおっしゃって、たぶん星野代表の中では、それ以外にも色々なものが直感的に結び付いたのだと思います。もちろん、デザイン的には1955年でいけますし、星野リゾートさんのマーケティングチームのほうでも大丈夫ということで、ホテル名とデザインコンセプトとが一致した形で、一気に具体的になりました。
デザインの作業は、広いところから絞っていく判断が難しいのですが、ピンポイントでここまで絞ってくださったことで、非常にデザインしやすくなりました。今回は、グラフィックにすごく力を入れましたけれど、表現のテイストだとか、色の使い方だとか、年代を絞れたことで、いいデザインを集中して検討できました」
そのデザインテイストが、最も色濃く出ているのが、ホテルの顔でもあるロビーの空間だ。玄関を入ると、正面には旧い鉄道駅の出札窓口を思わせるようなボックス型のセントラルカウンターがあり、右手には、やはりクラシカルなデザインで奥へと延びる長いカウンター。カウンター上には、さり気なく15台もの自動チェックイン機が並んでいる。
「お客さまは、パークの派手な空間で一日中遊んで戻ってこられるわけですから、まずはホテルに帰り着いたという安堵感を提供したいなと。1955年のミッドセンチュリーのデザインは、その少し前の時代のアールデコなどの様式があった上で成立していますので、そうした要素も取り入れて、少し落ち着きのあるデザインで“おもてなし”することにしました。ロビーと2nd Roomの家具やインテリアは、アメリカから買い付けてきたその時代の本物を数多く使用しています」(井上さん)

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写真=吉澤健太
プロフィール
1955 東京ベイ by 星野リゾート
総支配人穴井主税さん
乃村工藝社
クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン4部 井上ルーム ルームチーフ デザインディレクター井上裕史さん
乃村工藝社
クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン4部 大石ルーム デザイナー岡田愛裕美さん
乃村工藝社
営業推進本部 中部支店 プロダクト・ディレクション部 主任加々美 淳さん
乃村工藝社
営業推進本部 中部支店 営業部 主任西尾由紀子さん
Media乃村工藝社のメディア
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