生命の森[熱帯雨林]を 知って感じる。人びとが地球環境を考えるきっかけに―2
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清田義昭さん千葉市動物公園
調整主任
岡野鈴子さん千葉市動物公園
飼育2班
盛口 満さん沖縄大学 人文学部こども文化学科
教授
中川百合さん乃村工藝社
クリエイティブ本部 第二デザインセンター デザイン3部 深野ルーム デザイナー
竹内東子さん乃村工藝社
クリエイティブ本部 プランニングプロデュースセンター 企画2部 第5ルーム プランナー
安藤慶行さん乃村工藝社
コンテンツインテグレーションセンター テクニカルディレクション1部 第1ルーム テクニカルディレクター
もう手加減なしでいくぞ

もうひとつ、議論のハードルを上げた大きな要素がある。展示内容のレベル感や見せ方についてだった。竹内さんが語る。
「展示内容を子ども向けにしないでほしい、というのが動物園側からのミッションでした。小さな子どもが理解できなければ、親から伝えればいい。子どもには分からないから、もっと易しくしましょうとか、削りましょうとかはなし。“もう手加減なしでいくぞ”という展示にするわけです」
これについて、清田さんはいう。
「子ども目線に下げないでください、というのは、われわれからの最初のお願いでした。ですから、完成した施設を見ていただければお分かりのように、子ども向きではありません。というのも、環境問題は、子ども目線に下げてしまうと、非常に表層的で薄っぺらな内容で終わってしまうんですね。ですから難しくても、きちんとしたことを伝えたい。
では、子どもたちを切り捨てるのかと言えば、そうではない。それは学校の先生方とか、保護者の方々が、展示内容の意味を教えてくださればいい。大人が子どもに環境問題を教えることをお手伝いする。そのための展示という考え方なのです。子どもは、すぐに子どもだましを見抜きます。彼らが大人になった時に、子どもだましで薄っぺらな展示だったよね、と思われるより、子どもの時は分からなかったけれど、こういうことだったんだと、何ランクか理解度が上がるような展示にしておきたいのです」
岡野さんも、その考え方を徹底して説いて回った。
「プロジェクトを通じて、機会あるごとに“子どもから大人まで”ではなく、“大人から子どもまで”なんですと、繰り返し関係者には説明していました」
子どもたちに教えた経験が豊富な監修の盛口さんは、この考え方に賛成だった。
「子どもって、本物に魅かれるんですよね。細かいことは分からなくても、本物かどうかは分かる。自然観察会なんかでは、よく分からないままに、博士の後ろについて歩く子たちがいる。そういう感じだと思います」
大人向けの本物を見せる──その方針によって、展示づくりのハードルもぐんと上がることになる。

例えば展示室5[林床の世界]。熱帯雨林の最下層、日光が届かない薄暗い地面には、小さな生物たちがうごめき、落ち葉や枯れ木の分解など、さまざまな働きで土壌に栄養を与えている。その林床のメカニズムを見せる部屋だ。生きものの主役は、ゴキブリ、ナメクジ、ヤスデ、シロアリ、ミミズといった虫たち。日本のそれらとは違う種類だが、見た目のグロテスクさは変わらない。
「動物園からいただく資料がすごい。色々な虫がウジャウジャ写っていて、映像制作者が悲鳴を上げていました」(中川さん)
「気持ち悪くて、“わあ”ってなるような展示を、清田さんたちは、当然のように、いいからそれで行きましょうという。それくらいのショックを与えるのは構わないし、その一瞬のショックがきっかけになって、何かのフックになればいいとおっしゃるんですね」(竹内さん)
それらをリアルな展示につくり込むために、頼りにされたのは監修の先生方だった。
「質問がまた細かくて、熱帯雨林に棲んでいるゴキブリの腹の色は何色ですか、なんていう質問がいきなり飛んでくる。そもそも熱帯にミミズはいるのか、とかね。湯本先生や私で分かることは答えますし、分からないものは資料を探しました。でも、出来上がった映像を見ると、そういう細部にまでこだわってつくっただけのことはありましたね」(盛口さん)
型を取りに、ボルネオ島まで行きませんか
そして、リアルなつくり込みに、もっともエネルギーを割いたのが、エントランスのシンボルツリー、フタバガキだった。熱帯雨林では高さ70mを超す巨木も珍しくない。
これをどうすればリアルに再現できるのか、乃村工藝社のテクニカルディレクター、安藤慶行さんは悩んだという。
「例えば樹皮の表面の形なんかは、職人さんが、それらしくつくることも可能です。でも、それではどうしても、つくりもの感が出てしまう。板状に地面から盛り上がった樹の根を板根と言いますけれど、フタバガキの板根がどんな形状をしているのか、細部が分からない。
分からないのでマレーシアへ調べに行きませんかとご提案したら、行きましょうという話になり、ボルネオ島へ現地調査に行きました」
同行したのは、現地の事情に詳しい監修の湯本さん、岡野さん、中川さんたちだった。
「フタバガキといっても、200種類ぐらいあるんです。他にも展示する樹がありますから、湯本先生のネットワークで、事前に型取りにふさわしい樹を探していただき、コーディネーターにお願いして役所の許可を取る。自然保護の体制がきちんとしているんですね。
許可が下りたら、シリコン樹脂を樹の表面や板根、あるいは枝葉に貼り付けて、型取りをしていくんです。飛行機で持ち帰らなければならないので、あまり大きなシリコン樹脂は使えないのですが、樹種によっては、1本丸々、型取りをしました」(安藤さん)

樹の型取りとは別に、中川さんは、森の音を採取して歩いた。
「湯本先生に、この時間帯だったらここ! あの生き物の声がする! という場所に案内していただいて、自分で録音しました。生きものによって活動時間が違うので、録れる音が時間帯でかなり変わるんです。
だから早朝、お昼、夕方、夜、深夜と、満遍なく色々な場所を連れ回してもらいました。動物科学館では、熱帯雨林の24時間を体験できるのですが、これらの音は館内の随所で流しています」
型取りから制作した樹々をエントランスに設置していく際も、監修の先生方の知見を生かし、可能な限りのリアリティが追求された。
「最初はフタバガキの葉も付ける予定だったんです。でも、そんな低い位置に葉は付かないという湯本先生からのご指摘で、天井に写真で表現することにしました。鳥も本来はもっと高い位置にいるのですが、ある程度は見やすさを優先しました」(岡野さん)
「樹々を配置するのに、フタバガキの近くに小さい樹は生えないことや、周囲の動物たちの配置についてもアドバイスをいただきました。おかげで、空間の制約はあるものの、生物多様性を濃縮した構成にはできているかと思います」(中川さん)
最後に、樹の幹に擬態した虫を置くなど、来園者が偶然に見つけて喜ぶような、遊び心ある仕掛けも付け加えられた。
1冊の絵本のように全部をつなぐ
完成したフタバガキは、動物科学館のシンボルであると同時に、館内の展示をつなぐ起点の役割を果たしている。元になった最初のビジュアルを描いた中川さんはいう。
「シンボルツリーを起点に、館内全部をつなげたいという想いがありました。展示室は1階と2階とに分断されていたのですが、シンボルツリーの根元から出発して1階の展示をめぐり、[林床の世界]を出ると、またツリーの根元に戻ってくる。
今度はシンボルツリーを登るようにして階段を上がると[林冠の世界]が現れ、動物と共生をする植物の話へと続いていく。建築の構造を生かしたまま、絵本のように全部つないでいくイメージでした」
そして、シンボルツリーを起点にすることは、動物園側の希望でもあった。
「シンボルツリーを起点として、エコツアーのように館内をめぐれたらいいなと思っていました。それをお伝えしていたので、希望を生かしていただけたという感じです」(岡野さん)

実際、館内の各展示室は、色彩やライティングによって演出が統一され、薄暗い熱帯雨林の中を歩きながら、まるでエコツアーのように五感で熱帯雨林の知識に触れることができる。壁面の随所には、キャッチーなコピーが大きく書かれ、その横にはかなり専門的な解説が掲出されている。とても1日では読み切れないほどの情報量だ。

ログルームの壁面には、長年にわたって盛口さんが書きためたフィールドノートが、研究者の世界を象徴するものとして、手描きの観察スケッチとともに張り出された。その盛口さんは、完成した館内を見て3つの感想を抱いたという。
「ひとつは、映像の使い方が上手だということ。分かりやすくしないと伝わらないけど、デフォルメしすぎると本質を外してしまう。そのバランスがいい。
2つめは、リニューアル前に比べて、格段におしゃれ感があること。熱帯雨林にあまり興味がなかった人にも届く可能性があると思います。
そして、最後はダンジョン(地下迷宮)めぐりのような面白さ。どこに連れて行かれるか分からない感覚ですね。館内をめぐってみると、実際の時間より長く滞在したような錯覚がある。色々な人が、それぞれに響くとんがった展示を記憶に留めて、とっかかりを持ち帰れる効果があると思います」

リニューアルオープン以来、来館者の声は好評だ。
「アンケートやSNSなどで見ると、全部見きれなかったのでまた来たいとか、見ごたえがあって学びもあったとか、予想以上に好評な声が多いです。
オープンして間がない頃、小学生の子どもたちを連れた方がいらして、[人が森にしてきたこと]の部屋を見た後で記念撮影をしようとされたんですね。スマホを向けて子どもたちに『ほら、笑って』と言うと、子どもたちは『こんな展示を見た後で笑えるわけないじゃん』と返したそうです。だから、子どもたちに、ちゃんと響いているんですね。
映像にじっと見入る子もいれば、4歳くらいの子が種子のサンプルを4周したりする。大人向けにつくっても、子どもたちだって、確かなものには興味を持ってくれるんだなと思いました」(岡野さん)
プロジェクト責任者だった清田さんは、目指してきたコンセプトが、結果的にだが、展示のライティングにまで反映されたことに驚いたという。
「図面で見ていても、実際の演出がどんな感じになるのかまでは、なかなか分からない。完成してみると、あらためてライティングの妙を感じさせる展示だなと思いました。
今回、熱帯雨林をテーマにするにあたって、私たちは、熱帯雨林と人間との関係で、光の部分と影の部分をきちんと示そうと考えてきました。だから、[人が森にしてきたこと]の展示室のようにダークなテーマもありますが、一方で、人間は熱帯雨林を消費することで暮らしを支え、豊かにしてきた歴史もあります。
人間はどこかで熱帯雨林との関係性を間違えてしまったのであって、単純に熱帯雨林の消費はいけないという展示にはしたくないと考えてきました。そうした目で完成した館内を見渡すと、ライティングで光と影とが演出されている。すごいなと思います」
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(2025年6月取材。記事の肩書は取材時のものです)
取材・文=能勢 剛(『日経トレンディ』元編集長)
写真=阿部 了
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