内部に広がる豊かさ、心地よさ、木造建築の新しい提案
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鈴木恵千代さん乃村工藝社
クリエイティブ本部 エグゼクティブクリエイティブディレクター
腰原幹雄さん東京大学
生産技術研究所 木質構造デザイン工学 教授
今井琢也さんKAP
小佐野菜々さん乃村工藝社
ビジネスプロデュース本部 建築プロデュース部 ディレクション課 デザイナー
technology&engineering- 究極にシンプルな構造・工法の[木造建築]
RITE 未来の森
2025年日本国際博覧会
建築の競演でもある2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)。個性的なデザインのパビリオンで埋めつくされた会場の片隅に、小さいけれど、ごく近い将来の実用化を見据えた未来の木造建築がある。大気中から二酸化炭素を回収する実証プラント[RITE 未来の森]のガイダンスホールだ。いま、サステナブルな視点から木造建築が世界的に注目される中で、プロジェクトチームは、究極ともいえるシンプルな構造の一方で、シンプルであるがゆえの難しさがある建築に、日本で初めて挑んだ。
大屋根リングの内側と、同じ面積の“森”をつくる

[RITE 未来の森]があるのは、万博会場の管理エリア。入場者が自由に歩き回れる一般エリアから、送迎バスで向かう施設だ。バスで近づくと、大きく突き出た3つの給気口が特徴的なプラントと、独特なヴォールト形状をした白い建物が見えてくる。
この施設を出展したのは、RITE(地球環境産業技術研究機構)。地球環境の保全に役立つ産業技術の調査、研究開発を目的に設立された公益財団法人だ。
展示しているのは大気中から二酸化炭素(CO₂)を回収するDAC(Direct Air Capture)技術の実証プラント。実際に稼働していて、万博会場で周囲のCO₂を回収している。DACプラントに加えて、回収したCO₂を地中深く貯留する技術(CCS)の説明や、CO₂を炭素資源としてアスファルト舗装材やメタンガス製造などに活用する技術について、解説グラフィックや体験展示装置が配置されている。プラントの横には折り紙でつくったような形の木造建築。DACやCCSの仕組みや意義を、一般の来場者に分かりやすく映像でプレゼンするガイダンスホールだ。
[RITE 未来の森]の建築設計・展示・演出・運営など、総合プロデュースの責任者を務めた乃村工藝社の鈴木恵千代さんは、まったく手探りの状態でプロジェクトをスタートさせたという。
「だいたいの敷地面積が決まっていただけで、万博会場のどこに設置するのか、そこでDACを動かせるのか、動かせるとして何基なのか、CCSの実証までやれるのか、関係者の誰にも見えていませんでした。それで、前提条件を変えながらスケッチを描いている期間が2年間くらいありました。そうするうちに、予算などが見えてきて、設置するDACは3基と決まりました。
実は、[未来の森]で稼働しているDAC3基で、万博会場の大屋根リングの内側全部を森にしたのと同じくらいのCO₂回収能力があります。いわば未来の森そのものなんです。万博会場の真ん中には、本物の樹を植えた[静けさの森]というゾーンがあります。実現はしませんでしたけれど、できれば[静けさの森]の中に[未来の森]を置いて、万博が見せる未来社会の象徴的な存在にしたかったです。目の前で動く実物の未来技術なんですから」
万博だからこそ、これから普及する技術を見せたい
DACプラントを取り巻く建物について、鈴木さんには当初から明確なイメージがあったという。
「森なので、樹と同じように地面から立ち上がってくるような建物にしたかったんです。管理棟は、クレーンで上から引き上げるとパタパタッと立ち上がるユニットハウスを採用しましたが、ガイダンスホールは木造にしたい。DACプラント側の面を大きな開口部にして、来場者には現実の風景にバーチャルコンテンツを重ねられるMRグラスを装着してもらう。目には見えないCO₂が回収される様子を見せようと思ったんです。でも、明るいところでは、MRグラスがうまく機能しないことが分かりました。
それで、ガイダンスホールは閉じた空間にして、真ん中にシースルースクリーンを置くことにしました。透けたスクリーンの両側に観客席があって、互いの姿は見えている。真ん中の何もないように見える空間に、映像が浮かび上がる仕掛けです」

ガイダンスホールの仕掛けは決まったものの、問題は、その空間をどんな建物で包み込むかだった。鈴木さんは、CLT(木材を繊維方向に交差させて積層した木質材料)を使った建物にできないかと、東京大学・生産技術研究所で教授を務める腰原幹雄さんに相談をする。腰原さんは、木造建築の構造設計の第一人者で、CLTについても研究を重ねてきた。
「CLTは、3m×12mといった大きなものがつくれますから、屋根とか床とかの大きな面材として使えるんです。でも、実際には細く切って柱や梁などに使われている。大きな面材で使うといっても、道路輸送を考えると、幅2.4mくらいが現実的ですから、現場で横につないで大きな面材にして、つないだ部分を折り曲げた折版構造の建物にできないかと、他の大学や製材メーカーなどと組んで、この4~5年、基礎研究を続けてきました」(腰原さん)
相談を受けた腰原さんは、2つの模型を提示する。ひとつは、モンゴルのパオのようなフォルム。もうひとつは、かまぼこ型のフォルムだった。どちらもCLTをつなぎ合わせたもので、表面は折り紙細工のような独特の形状をしている。腰原さんはいう。
「もともと万博は、各国の技術提案の場だったんです。そこで生まれた技術は、その展示物だけで終わるのではなく、それが影響を及ぼして、普及すること。みんなが活用できるベースになる技術が生まれることが大事なんだと僕は思います。その意味で、構造的にシンプルなCLTの建物は、万博でつくられるべきものというイメージでした」
鈴木さんも
「万博の建築として、やる意義がある」
と共感し、空間の使いやすさから、かまぼこ型の案を採用した。
全パネルの変形軌跡を3Dで追いかける
ガイダンスホールは、建物としては極めてシンプルな構造だ。三角形のCLTパネル28枚を地面に並べ、可動ジョイントで接続して巨大な長方形をつくる。その中央をクレーンでハングアップすると、重力で各部が折れ曲がり、折版構造のヴォールト状になる。それを4つ連結して、大きな建物に仕上げるというものだ。構造がシンプルなら、工法もシンプル。設置や解体、移築が行いやすいというメリットがある。しかし、構造も工法もシンプルなゆえに、初めての大変さがあったという。
腰原さんの教え子として、5年前からの基礎研究にも参加し、今回の構造設計を担当したKAPの今井琢也さんは、徹底して3Dでのシミュレーションを重ねたという。
「使用したCLTパネルは厚さが9cm。パネルの木口はあらかじめ特定の角度で斜めにカットして、ヴォールト状になったときに木口どうしがしっかりと接触し、ハングアップの変形が自然に終了するようにしました。また、平面の長方形からヴォールト状にどう変形していくのか、各パネルはどんな軌跡を描くのか、3Dでシミュレーションしないと分からない。特にハングアップ時に地面と接する箇所は、安全性のために施工治具で支える必要があり、どう動くのかが分からないと治具が製作できない。
当初は水平方向の移動はパネルの中央に向かって直線的に集まっていくような軌跡を想定していましたが、実際には微妙なカーブを描きながら中央に集まっていく。水平方向に曲線移動をすると同時に、パネルは回転しながら立ち上がっていく。複雑な動きに対応する治具は、3Dシミュレーションなしには製作できませんでした」

実は、同じ建物を、建物全面に足場を用意して組み上げていくこともできる。それならば、ハングアップ工法ならではの難しさは生じない。腰原さんの研究チームでは、過去にモックアップをつくり、どちらの工法も実験したことがあったが、鈴木さんはハングアップ工法にこだわった。
「ハングアップ工法の実験ビデオを見て、これしかないと思いました。まさに、地面から樹が伸びるようにして建物ができる。森のイメージそのものなんです」
アーチどうしの連結は、誤差2mm以内で!
構造体が外壁と内装とを兼ねるような建物だけに、通常の設計とはまったく違うアプローチが求められる場面も多かった。そのたびに関係者間で調整を行い、技術的、意匠的な方向性を見出していった。建築設計を担当した乃村工藝社のデザイナー、小佐野菜々さんはいう。
「構造と施工と意匠とが直結する建物ですから、関係者間の調整がとても重要でした。例えば、意匠的にはCLTが直接地面から生えているようにしたい。木造建築の場合、通常は防水や木の防腐等の観点から基礎の立ち上がりが必要ですけれど、それを見せたくない。ハングアップしたアーチを設置する際に、どう地面に定着させればいいのか、前例がなく、資料もない。法規制のクリア方法も分からない。みなさんとご相談しながら、手探りで進めました。
特に難題だったのは防水でした。意匠的にはCLTの木地を見せる“現し”にしたい。法規制や防水の観点から常設では難しいのですが、仮設建築ならではのチャレンジをしたい。無塗装の雨ざらしだと、万博会期中にどれだけ色が変化するのか、データも集めました。それでも、パネルの継ぎ目にはすき間がありますから、その部分だけテープ状に防水加工をする方向で議論を始めたんです。
でも、途中から会期後の移築の話が出て、CLTを構造材として再利用するため、雨がかりとしないよう全面防水が必要になりました。建物が白いのは、塗膜防水の色なんです。前例のない建物ですから、法規制の課題は、あらゆる部分に及びましたが、行政とひとつずつ詰めてクリアしました」

建物を4分割し、連結することでの難しさもあった。
「全部をつないだ状態で、一気にハングアップすることも技術的には可能です。でも、重機や施工治具にコストがかかるので4つに分けました。それで、4つを接続する金物は、どんな形状のものを、どのくらいの精度で、どんな手順で取り付けるのか、ものすごく議論しました」(小佐野さん)
アーチどうしを接続する金具は12カ所。先に設置した大きなアーチに、クレーンで吊った次のアーチを寄せてきて、12カ所がピタリと噛み合わなければならない。今井さんは、金具の遊びを最小限に抑えた設計をしたという。
「両方の丁番が噛み合って中にボルトを通すのですが、その穴の余裕は2mmにしました。それ以上にすると、がたつきが出て、構造性能に影響する。実際の施工でも、誤差2mm以内なら行けると思いました」
神々しさ、畏怖を感じさせる空間が出現
準備を重ねて迎えたハングアップ実施の日。未知の建物が立ち上がる瞬間を見ようと、クライアントや建築関係者、研究者など、多種多彩な人々で現場は熱気に包まれた。
「作業をする職人さんたちが本当に生き生きとしているんです。つくる側としては、色々と心配はあるのですが、一気にやっちゃいましょうって、気合が入っている」(鈴木さん)
そしてハングアップの開始。最初は変形の動きが渋かったものの、現場の勢いに乗って、アーチは立ち上がっていく。心配だった接合箇所も、すべてピタリと納まった。
立ち会った腰原さんはいう。
「アーチに乗った鳶さんが、自慢げに盛り上がっているのがよかったですね。建物をつくるのはお祭りなので、みんなで騒いで、みんなで知恵を出し合いながらつくっていく。そういう場にいられてよかったです」
建物が組み上がった後、プロジェクト責任者の鈴木さんは、初めて体験する内部空間の豊かさに驚いたという。
「建物の小ささを心配していたのに、内部の空間は無限の広がりを感じさせるんです。神々しさ、畏怖といった言葉が浮かびました。そして、中にいると心地いい。かつて人が住んでいたアルタミラ壁画の洞窟のようなもので、壁や天井の区別がなく、威圧感のない原初的な空間は、これから未来の人々が居住したり、過ごしたりする空間の選択肢じゃないかなと思います。ガイダンスホールで、能を上演したいですね」

東大の腰原さんは、CLTの折版構造はもっと自由な形で発展していけるという。
「折版構造は昔からあって、鉄骨造やRC造のものはたくさんあります。それが木造でもやれるとなれば、何でもつくれるんじゃないでしょうか。これまでの折版構造は、大きく長い空間づくりに利用されてきましたけれど、木造建築ならではの空間の機能的特性、あるいは感性的な特性に着目して、あらゆる空間、あらゆる用途に広げていけると思いますね」

(2025年5月取材。記事の肩書は取材時のものです)
取材・文=能勢 剛(『日経トレンディ』元編集長)
インタビュー写真=吉澤健太
プロフィール
鈴木恵千代さん乃村工藝社
クリエイティブ本部 エグゼクティブクリエイティブディレクター
腰原幹雄さん東京大学
生産技術研究所 木質構造デザイン工学 教授
今井琢也さんKAP
小佐野菜々さん乃村工藝社
ビジネスプロデュース本部 建築プロデュース部 ディレクション課 デザイナー
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