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シアトル21世紀万国博覧会

シアトル21世紀万国博覧会

管理コード:657
開催日程:1962年04月21日(昭和37年)~1962年10月21日(昭和37年)
開催地:海外
会場:シアトル市中心部
主催:
入場者:9,635,067人

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【資料件数:4件】

この博覧会はもともと、シアトルの地方博として開く計画であったのが、地元の熱意で構想が大きくなり、参加国が独自の展示館を建てない、第二種一般博の万国博覧会としてBIEの公認を得たのである。したがって会場も約30万平方メートルと、ブリュッセル万国博覧会の約6分の1で、万国博覧会としては比較的小規模であった。ソ連の有人宇宙船ボストークが打ち上げられたのは、この一年前。アメリカは1958年に人工衛星エクスプローラを飛ばし、次いでフレンドシップがこの年に打ち上げられ、米ソの宇宙合戦とともに、「宇宙時代」が幕を開けた。テーマも「宇宙時代の人類」で、めざましい科学の発達と成果を再認識し、今日の人間の創意と努力によってつくられる。明日の人間社会をかい間見ようとするのが、このテーマであった。開会式では電子計算機によって一万光年のかなたからきた宇宙の電波を捉えて、開会のチャイムが鳴り響くと、礼砲がとどろき、噴水が吹き上げ、花火とともにパラシュートが空に舞う。アメリカらしい演出であった。シアトル市の会場には、高さ150メートルの三本足の上に、空飛ぶ円盤のような円盤を乗せた塔「スペース・二ードル」(宇宙の針)が聳え立つ。このなかは一時間に一回転する展望レストランとなっていた。小規模とはいえ外国参加は37カ国が、独創的なパビリオンを建て、展示方法も単に「物の陳列」という旧来の慣習を破って、「展示物を見る人に実感させる」という、ひとつの演出が施され、展示そのもののアトラクション化が積極的に採用されていた。会場の中心は「21世紀館」と「科学館」という二大テーマ館。「21世紀館」は四方ガラス張りで、広い室内には一本の柱もないというパビリオン。「科学館」は300人以上の科学者やデザイナーの協力でつくられ、博覧会の中核的な展示であった。池に立つアーチ・タワーを囲んだ5つの建物出来ており、それぞれのテーマで独自の展示をし、観客の興味を見事に結びつけ好評であった。この博覧会で特に目をみはらせたのは日本人の活躍である。会場中心を飾る大噴水は、日本の建築家・志水英樹・松下一之の設計で、噴水そのものが彫刻と賞賛された。また、この博覧会の中心的パビリオンの「科学館」をミノル山崎が設計し、ジョージ中島が「商工館」を設計し、ポール堀内が「スペース・二ードル」内の大壁画を描き、日系二世も大活躍をした。日本館はコンクリートづくりの平屋根鉄筋仮設建築で、日本独特の庭園もつくられた。建築は伝統的建築様式を表現し、内部は見通しの良い構成ををとり、広さを感じさせた。外観はシンプルで白い壁面は人目を惹いたが平凡でもあった。場者は約1000万人であったが、小型でも内容と運営によっては成功するという、よい見本となった万国博覧会であった。●「GEの電子キッチン、自動販売機、ソニーのポータブルTV、NASAがジェミニ・アポロ計画を公開、モノレール」

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