博覧会資料COLLECTION

ニューヨーク世界博覧会

ニューヨーク世界博覧会

管理コード:635
開催日程:1964年04月22日(昭和39年)~1965年10月17日(昭和40年)
開催地:海外
会場:フラッシングメドウ公園
主催:
会場:51,666,300人内

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【資料件数:5件】

この博覧会はニューヨーク市制300周年と国連本部のニューヨーク所在15周年を記念して開かれたが、会期が6ヵ月以上で、参加国から土地利用料をとるなど、国際博覧会条約の基準に合わなかったため、正規の承認が得られず未公認の博覧会となった。したがって、ソ連、イギリス、フランスなどの大国が参加をやめてしまい、アメリカ大企業中心の博覧会になり、一名「ビリオン・ダラー博」と呼ばれた。ビリオン・ダラーとは10億ドル、すなわち3600億円。しかし、その規模や内容においては、第一種一般博に匹敵する博覧会であった。会場はニューヨーク市東部、クインズ区フラッシング・メドー公園であった。その総面積は261万4200平方メートルを使った。会場はアメリカ企業の参加した産業区域、外国参加の国際区域、連邦および州区域、運輸区域、娯楽施設のある湖畔区域と、5つの区域に明確に区分されていた。参加国は60カ国で国際地区中心に配置された。外国からの参加は、展示館の外観は立派なものであったが、展示の内容は貧弱で、併設されたレストランだけは目立った。したがって近来の博覧会に欠くことのできない、文化性、創造性、あるいは観客へのアプローチといったものに根本的に欠けていたという批判が強かった。さらに首脳部の独善的運営に対する地元の反発もあり、参加者からも敷地料や維持、管理費も分担させるという商業的方式は支持されなかった。すべての点でテーマの「理解を通じての平和」に結びつかず、統一性のない博覧会となった。会場中央に博覧会のモニュメントとして、高さ約43メートル、直径約37メートルの鋼鉄製の大地球儀「ユニスフェア」を建設し、その周囲に噴水や池をつくり、大量の水を使用した。アメリカはこれまで、興行物の人気がその成否を決するという考えが博覧会運営の上に伝統的にあったが、1962年シアトル万国博覧会ごろから行き詰まりの状態となっていた。この後退は展示にアトラクション的要素を加えられ、技法的にも成功しているということによるもので、それがこの博覧会に大きく現れてきたものである。日本館は1900平方メートル。前川国男の設計で城壁を思わせる石垣で前面をおおい、周囲に濠をめぐらした日本趣味の強いデザインであった。展示は第一期、二期に分け、展示品と壁面構成により観客の注目を惹くよう計画され、官庁および各メーカーよりの最新の製品の展示に意をそそいだ。数々のスキャンダルに満ち批判も多かったが、入場者は5000万人を越え、1960年代半ばのアメリカの繁栄時代が窺える万国博覧会であった。●「GMフォード、クライスラー、ベル・システム、GEなどアメリカ大企業館の進出、W・ディズニーの展示技術が話題を呼ぶ、エレクトロニクスの利用、」、(会期)1964年4月22日から10月18日まで、及び1965年4月21日から10月17日まで。乃村工藝社実績「日本政府館」「日本産業館」ほか(社史「ディスプレイ100年の旅」より)

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