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生み出した発想が商品になる。心の変化を生む「顧客体験」を大切にするデザイナーの信念

ホテル市場を中心に担当し、ルームチーフを務める井上 裕史。利用者の心の変化を生むような「体験」を第一に考えるデザインが、顧客の心を掴んでいます。デザイナーでありながら家業の神職なども務め、自身の経験を個性として仕事に活かす井上が大切にしている価値観にせまります。

 

最初に考えるのは「体験」。体験を作り、デザインへと昇華させる

クリエイティブ本部 第一デザインセンター デザイン4部に所属する井上。2007年に入社し、2017年からはホテルや地域活性化のプロジェクトを主に担当しています。

井上  「ストーリー性や顧客体験を重要視するホテル事業者と仕事をすることが多いです。例えば、星野リゾート様は『界 加賀』から仕事をスタートし、OMOブランドの1号店となるOMO7 旭川も担当しました。
2021年には株式会社ARTH様のお仕事で、伊豆にある古民家を『LOQUAT西伊豆』というオーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)にコンバージョンするお手伝いもしました」

ホテルのデザインは、まず「顧客体験」を考えることが井上のこだわり。

井上  「空間デザインだけの魅力で集客をすることは、なかなか難しいことです。私自身が宿泊するときも、内装よりもさまざまな体験やスタッフと話せた回数で満足感を得ています。

OMO7旭川 by 星野リゾート』を担当したときはスタッフとお客さまがつながれるような体験を考え、それを空間にしました。ご当地のウェルカムドリンクでおもてなしできる北海道土産の定番である木彫りの熊のような蛇口を作るなど、空間の中で体験につながるような仕掛けを入れていくことで、滞在自体が豊かになり満足度が高まると考えています」

思考の起点は井上自身の体験です。自分の感覚を信じ、顧客体験を組み立てています。

井上  「ホテルではペルソナ(典型的なユーザー像)を設定し、例えば『30代のカップルが泊まるだろう、その人はこんな趣味があって……』といった想定をしますが、その通りの人だけが来るわけではありません。
ペルソナと実際に来る人はズレが生じると思っているので、それよりも、自分や家族が泊まって『楽しい』と思えるホテルは誰が泊まっても楽しいと感じるだろうなという考えを大切にしています」

また現在、東京藝術大学で非常勤講師も務め、実家の岡山にある神社では神職にも携わっている井上。
複合的な働き方を「おもしろい」と捉える社風の中、「会社員である以上に、生き方がデザイナーであるべき」という自身の考えを体現しています。

井上  「年末年始などは岡山にある実家の神社に戻り、後継者として奉仕をさせてもらっています。2018年には神職の資格を取得するために1年間休職しました。当時の上司から『これからの社会は働き方も自由になるから、岡山でデザインをしながら神職に携わる、そんなデザイナーがいても良いと思うよ』と言ってもらったことを覚えています。

デザイナー一人ひとりの生き方がそのまま仕事のアウトプットに直結し、自分の変わったキャリアを個性としておもしろがってくれる会社だと感じていますね」

 

「一緒にやろうよ」というデザイナーの言葉に心を動かされて入社

学生時代は広島工業大学環境デザイン学科で建築を学び、東京藝術大学大学院ではデザインを専攻し、インテリアから都市デザインまで幅広く知識を習得。就職活動中は様々な業種の面接を受け、最終的に乃村工藝社へ入社した決め手は「面接官の言葉」でした。

井上  「メインの面接官がデザイナー3人で、まちづくりに関する作品のプレゼンテーションを行った後、現在弊社のエグゼクティブクリエイティブディレクターである鈴木恵千代が『俺もこんなまちづくりやっているんだよ。一緒にやろうよ』と声をかけてくれました。一緒に働く仲間を本気で探している会社なのだなという印象を受け、デザイナーとして働くというイメージがついたので、入社を決めました」

自分の作品作りの延長線上に乃村工藝社の仕事があるのだろうと直感した。2007年の入社後は企業文化系の案件を取り扱うCCカンパニー(CC:Creative Communicationの略)に配属されました。

井上  「配属先では博物館、展示会、企業ショールームなどの情報を発信する施設づくりに携わっていました『情報をどう伝えるか』という思考での空間づくりを10年ほど行い、2016年にはジュニアローテーション制度で中部支店に異動。そこで商業系である星野リゾート様のプロジェクトを担当しました」

最初に井上が担当した星野リゾートのプロジェクトは当時顧客満足度が伸び悩んでいた「界 加賀」の大浴場のリニューアル。企業文化系からキャリアをスタートした井上は、ほかのデザイナーとは異なる視点で提案を行いました。

井上 「大浴場をいくら格好よくデザインしても顧客満足度は上がらない、というプレゼンテーションを行いました。顧客満足度はお客さまの会話がどう生まれるかで変わると思っており、『男湯はどうだった?』『この地域は九谷焼が有名なんだってね』など会話が自然と生まれる空間づくりが重要です。『今回は会話の数をいかに増やせるかという点に焦点をあて、私たちはデザインします』と提案したところ、『おもしろい企画書だ』と星野代表が大絶賛してくれたのです。それをきっかけに、いまも継続して星野リゾート様のプロジェクトを担当しています」

 

お客様の満足度を高めるための、ホテルデザインを提案

▲ 「OMO7旭川 by 星野リゾート」

多彩なプロジェクトに携わってきた中で、井上の心に強く残っているのが2018年の「OMO7旭川 by 星野リゾート」と2021年の「LOQUAT西伊豆」。
OMO7旭川は「遊び心やユーモアでテンションが上がるおもてなしにあふれたホテル」がテーマとして出され、それに合わせて企画を提案しました。

井上  「テンションの上げ方はさまざまなので、ホテルの各所に仕掛けを作る提案をしました。例えば、旭川は木の産地なので、チェックイン時にキットを受けとって木彫りのスプーンを作り、翌朝そのスプーンで朝食を食べる。すると、味がますますおいしく感じると思うのです。そのような仕掛けをたくさん作り、お客さまの満足度を高めたいという提案をしたところ、コンペで採用いただき、設計に入ることができました」

苦労したのは「お客さまの要望の根っこをいかに想像して、答えを出すか」ということ。

井上  「プロジェクトが進行する中で、ご担当者さまから『とくにレストランのデザインを変えたい。御社の提案はスープで例えるとコンソメスープです。私たちが作りたいのは豚汁です』とお話をいただきました。お客さまが思う豚汁とは何なのかを私たちなりに解釈し、いろいろなものを混ぜても空間のベースが変わらない、使い勝手が良い空間が求められていた答えなのだと気づき、デザインを大胆に変更しました。
現在では私たちが残したデザインの余白で、スタッフがどんどんアイデアを出して楽しいホテルへと進化しているようです」

「LOQUAT西伊豆」では古民家をコンバージョン。計画段階では「いかに完成形をイメージして説得できるか、という点が勝負の分かれ目でした」と振り返ります。

井上  「今増えている古民家のホテルは、ほとんどが壁面を仕上げ直しています。しかし私は、尊敬する岡田工務店の岡田さんから『いかに建物の記憶を残すか。ちょっとでも残せるところを残す工夫をすべきだ』というお話を伺ってから、『一見、綺麗に見えない意匠でも、この記憶を少しでも残すことがお客さまの滞在満足度につながり、且つスタッフがお客さまに話せる話題の種になります』と言い続けました。

代表やスタッフからは『汚れているように見えるといけないから土壁を全部塗り替えてほしい』と要望を受けましたが、塗ったら商品価値が失われてしまうことを伝え続け、最終的に納得してもらいました。結果としてスタッフとお客さまとのコミュニケーションも増え、ほかの古民家との差別化が図られる形に。今やリピーターも絶えず、予約がとりにくい人気宿となっています」

 

体験を重視する考え方をベースに、多業種で経験を活かす

文化施設、企業系のショールームや展示会、商業系ホテルなど、複数の市場を横断し、経験を積んできた井上。今後はその経験を活かし、業種を絞ることなく力を発揮します。

井上  「これをやりたい、というわけではなく、どのような仕事が来ても問題を解くのが楽しいと思っています。今はシニア向けのレジデンスの設計や地方の遊休地の活用などにも携わっており、培ってきたノウハウを用いて社会貢献をすることが目標です。
例えば、シニア向けのレジデンスであれば、街に出かける仕掛けを作ることで、歩く機会を増やして健康寿命が伸びることも期待できます。ジャンル問わずノウハウをうまく社会に貢献できるようにすることは、ルームチーフとしても意識している点です」

井上はクリエイティブ本部の新入社員研修も監修。発想力を鍛えると、仕事自体が楽しくなってくると話します。

井上  「『コーヒーを飲む場所をデザインして欲しい』という仕事を依頼されたとき、何も考えずに作ると今好調な大手コーヒーチェーンのような雰囲気の良いデザインになると思います。でも、ここで大切なのは『本当においしいコーヒーだと感じる瞬間とはどういう状況なのか』という根っこを考えること。それはとても寒い日に外で飲むコーヒーかもしれないし、子どもが淹れてくれたインスタントコーヒーかもしれません。根っこまで考えると、大手コーヒーチェーンのようなデザインにはならないはずなのです。

そういった人工知能では導けないアンサーをデザイナー自身が自分の気持ちから生み出すことができなければ、近い将来、デザイナーの仕事は完全になくなると思います。でも、自分の気持ちから出た発想やマインドによって生まれたものは、否定のしようがなく、共感してくれる人がきっといるはず。生み出した発想がそのまま商品になるので、『私も体験したい』『行きたい』と思われる発想ができることが、デザイナーの責務です」

目に見える部分だけでなく、その背景にあるストーリーなどを重視してデザインしている井上。
「発想力=商品力」を武器に、ほかとは一線を画すデザインを生み出し続けます。

 

※ 記載内容は2023年12月時点のものです

 

井上 裕史(いのうえ ひろふみ)
 

2007年に乃村工藝社へデザイナーとして入社。近年では地方創生プロジェクトやホテルや旅館などの宿泊領域、企業ショールームなどの空間コミュニケーション領域、文化施設の展示領域など、あえて専門分野を定めず幅広い領域で空間コミュニケーションを軸とした設計およびデザインを行う。

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