ディスプレイ・デザインの歴史

アートスケープを指向する
モニュメント
 モニュメントは地域の歴史、人物の功績などを記念して建造される塔・像・碑などを指すが、現在では都市のシンボルとして機能し、文化を象徴する役割を担っている。ニューヨークの自由の女神像 や、パリのエッフェル塔は、その代表である。もっとも、近年台頭しつつある環境彫刻は、私たちの身近な生活空間の中に新しい都市景観と新しい価値観を生み出す役割を担っている。

 東京オリンピック以降、高度経済成長は、都市の再開発を積極的に推進させた。その結果、駅前広場、街路、公演、ポケットパーク、そして施設内部空間のモールや吹き抜け空間など、さまざまなパブリック空間が生み出される。これらの公的なスペースにモニュメントが設置されるようになる。

 昭和57年に完成した新大阪駅前の「タイムストーンズ400」は、今井祝雄氏による大阪城築城400年のモニュメントである。石垣建造には用いられず放置されていた「残念石」を型取りし、同型のものを連続的に積み重ねたユニークな作品である。また、尼崎市市制70周年記念として榎忠氏によって制作された「AMAMAMA」は従来のモニュメントの概念を打ち破るもので、プレイ・スカルプチャー性を兼ねた鉄の巨大彫刻であった。

 昭和60年代に入ると、モニュメントは博覧会のパビリオン、文化施設、商業施設の内部空間においても重視されるようになり、施設のシンボルとなるものも創作されている。

 平成元年の東京・世田谷区「ちょっと一服する像」や、同3年の玉川総合支所サインは、メッセージ性のあるシンボルサインであり、新しい方向を示す作品である。また、伊藤隆道氏のデザインによるNEC本社ビルのモニュメント「ひかり門」や、千葉稲毛ショッピングセンター「光と風のオブジェ」、アサヒビール茨城工場に設置された「ウォーターサーカス」は動き、光、音、水、映像などを複合させたモニュメントで、環境装置の新分野を切り開いた。

 モニュメントをはじめ演出サイン、ストリートファニチャーなどの環境装置は、互いに有機的に機能し空間を個性化する役割を担い、都市をダイナミックに演出するアートスケープとして期待されている。


A 小樽駅前広場「希望の塔」(昭和51年)
B 長沼ショッピングセンター「ちょっと一服する像」(昭和60年)
C 新大阪駅前「タイムストーンズ400」(昭和58年)
D 尼崎市制70周年のプレイスカルプチャー「AMAMAMA」(昭和61年)
E 堺市大小路シンボルロードモニュメント(昭和62年)
F 芝浦スクエアー「帆風」(平成元年)
G アサヒビール「ウォーターサーカス」(平成2年)
H 藤井毛織ビル「地球樹」(昭和61年)
I NECスーパータワーモニュメント「ひかり門」(平成3年)

アサヒビール「ウォーターサーカス」(平成2年)G
小樽駅前広場「希望の塔」(昭和51年)A

長沼ショッピングセンター「ちょっと一服する像」(昭和60年)B

新大阪駅前「タイムストーンズ400」(昭和58年)C

尼崎市制70周年のプレイスカルプチャー「AMAMAMA」(昭和61年)D

堺市大小路シンボルロードモニュメント(昭和62年)E

芝浦スクエアー「帆風」(平成元年)F
藤井毛織ビル「地球樹」(昭和61年)H

NECスーパータワーモニュメント「ひかり門」(平成3年)I




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