ディスプレイ・デザインの歴史

立版古・のぞきからくり
極彩色の小世界
 立版古(たてはんこ)は細い木を骨組にして舞台をつくり、人物、建物、樹木、道具類などを描いた版画を紙で裏打ちし、それを切り抜いて舞台に立てる紙細工で、店先や縁台に置いて往来の人に見せた。欧米にもペーパー・スカルプチャー(グラフィック・トイ)といわれる平面の絵を立体に組み立てる遊びがある。

 立版古は江戸時代後期の文化初年、劇場前に飾られた歌舞伎の舞台仕立ての組み上げ燈篭(とうろう)に端を発し、歌舞伎の隆盛とともにブームとなるが、その後天保の改革や世相の転換とともに下火となっていった。
明治になると、立版古は好事家(こうずか)の趣味となり、制作技術に重点が置かれるようになる。また大正の一時期、人の目を奪う豪華な立版古が出現したが、それも文化が消える寸前の一瞬の光芒に過ぎず、やがて廃れていく。ただその後も、“立版古的”な表現技法は、のぞきからくりの世界やジオラマの表現技法の中に踏襲され、引き継がれている。

 のぞきからくりは、戦前まではよく見られたが、今日ではもう見ることができない。その仕組みは、幅2mほどの屋台の下部に十数個の穴を開け、そこにレンズをはめ込んで、のぞくと絵が拡大されて見える。たいてい6枚程が1組で、1編連続の絵物語で構成されている。しかし、当初は屋台の中に竹田からくりを真似た小型のつくり物を仕込み、横からそのからくり仕掛けを動かして見せたのである。
立版古 歌舞伎十八番の内「白浪五人男稲瀬川勢揃」の場(明治31年)菊寿堂いせ辰提供A

第5回内国勧業博の立版古の版画(明治36年)B

立版古の手法によるジオラマ三越本店「東京ガス展」(昭和50年)C

「金色夜叉」を出し物にしたのぞきからくりD

覗機関(のぞきからくり)の部分図(昭和4年)E

覗機関の正面図(昭和4年)F

A 立版古 歌舞伎十八番の内「白浪五人男稲瀬川勢揃」の場(明治31年)菊寿堂いせ辰提供
B 第5回内国勧業博の立版古の版画(明治36年)
C 立版古の手法によるジオラマ三越本店「東京ガス展」(昭和50年)
D 「金色夜叉」を出し物にしたのぞきからくり
E 覗機関(のぞきからくり)の部分図(昭和4年)
F 覗機関の正面図(昭和4年)




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